法華経 / 序品第一(7)
爾時文殊師利語彌勒菩薩摩訶薩、及諸大士,善男子等:「如我惟忖,今佛世尊欲說大法,雨大法雨,吹大法螺,擊大法鼓,演大法義。諸善男子,我於過去諸佛,曾見此瑞,放斯光已,即說大法。是故當知今佛現光,亦復如是,欲令眾生,咸得聞知一切世間難信之法,故現斯瑞。」 「諸善男子,如過去無量無邊不可思議阿僧祇劫,爾時有佛,號日月燈明如來、應供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊,演說正法,初善、中善、後善,其義深遠,其語巧妙,純一無雜,具足清白梵行之相。為求聲聞者、說應四諦法,度生老病死,究竟涅槃。為求辟支佛者、說應十二因緣法。為諸菩薩、說應六波羅蜜,令得阿耨多羅三藐三菩提,成一切種智。」
新字:爾時文殊師利語弥勒菩薩摩訶薩、及諸大士,善男子等:「如我惟忖,今仏世尊欲説大法,雨大法雨,吹大法螺,撃大法鼓,演大法義。諸善男子,我於過去諸仏,曽見此瑞,放斯光已,即説大法。是故当知今仏現光,亦復如是,欲令衆生,咸得聞知一切世間難信之法,故現斯瑞。」 「諸善男子,如過去無量無辺不可思議阿僧祇劫,爾時有仏,号日月灯明如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊,演説正法,初善、中善、後善,其義深遠,其語巧妙,純一無雑,具足清白梵行之相。為求声聞者、説応四諦法,度生老病死,究竟涅槃。為求辟支仏者、説応十二因縁法。為諸菩薩、説応六波羅蜜,令得阿耨多羅三藐三菩提,成一切種智。」
書き下し
その時、文殊師利、弥勒菩薩摩訶薩、及び諸の大士、善男子等に語る、「我が惟忖するが如きは、今、仏世尊、大法を説かんと欲し、大法の雨を雨らし、大法の螺を吹き、大法の鼓を撃ち、大法の義を演べんとす。諸の善男子、我れ過去の諸仏に於いて、曾て此の瑞を見る。斯の光を放ち已りて、即ち大法を説きたまえり。是の故に当に知るべし、今、仏の光を現ずるも、亦復た是くの如し。衆生をして、咸な一切世間の難信の法を聞知することを得しめんと欲す。故に斯の瑞を現じたもう」と。 「諸の善男子、過去の無量無辺不可思議阿僧祇劫の如き、爾の時に仏有り、号を日月燈明如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰う。正法を演説したもうに、初めも善く、中も善く、後も善く、其の義深遠に、其の語巧妙にして、純一無雑、清白の梵行の相を具足したまえり。声聞を求むる者の為には、応ずる四諦の法を説いて、生老病死を度し、涅槃を究竟せしめ、辟支仏を求むる者の為には、応ずる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、応ずる六波羅蜜を説いて、阿耨多羅三藐三菩提を得しめ、一切種智を成ぜしめたまえり」と。
現代語訳
そのとき文殊師利は、弥勒菩薩摩訶薩と、もろもろの大士、善男子たちに語りました。「私が思うに、いま仏世尊は、大いなる法を説こうとされています。大いなる法の雨を降らせ、大いなる法の法螺を吹き、大いなる法の太鼓を打ち、大いなる法の意味を述べられるでしょう。善男子たちよ、私は過去の諸仏のもとで、かつてこの瑞相を見ました。この光を放たれたのち、すぐに大いなる法を説かれたのです。ですから知るべきです。いま仏が光を現されたのも、同じことです。衆生に、あらゆる世間が信じがたい法を聞かせ知らせようとして、この瑞相を現されたのです」。 「善男子たちよ、過去の数えきれず、限りなく、思いも及ばない長い時のことです。そのとき、日月燈明如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊という名の仏がおられました。正法を説かれ、初めも善く、中も善く、終わりも善く、その意味は深遠で、その言葉は巧みで、混じりけがなく、清らかな行いの相を完全に備えておられました。声聞を求める人のためには、それにふさわしい四諦の法を説いて、生老病死を乗り越えさせ、最後に涅槃に至らせました。辟支仏を求める人のためには、十二因縁の法を説かれました。諸の菩薩のためには、六波羅蜜を説いて、この上ない正しい悟りを得させ、あらゆる智慧を成就させられたのです」。
解説

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法華経・序品第一(10)「弥勒当に知るべし、爾の時の妙光菩薩は、豈に異人ならんや、我が身是れなり。求名菩薩は、汝が身是れなり。今此の瑞を見るに、本と異なること無し。是の故に惟忖するに、今日、如来、当に大乗経の妙法蓮華と名づくるを説き、菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なるを説きたまうべし」と。 その時、文殊師利、大衆の中に於いて、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我れ過去世の、無量無数劫を念うに、仏有りて人中の尊なり、号を日月燈明と曰う。 世尊、法を演説して、無量の衆生、無数億の菩薩を度し、仏の智慧に入らしめたまえり。 仏、未だ出家したまわざる時、生ぜる所の八王子は、大聖の出家したまうを見て、亦た随いて梵行を修せり。 時に仏、大乗を説きたまい、経を無量義と名づけ、諸の大衆の中に於いて、為に広く分別したまう。 仏、此の経を説き已りて、即ち法座の上に於いて、跏趺して三昧に坐したもう、無量義処と名づく。 天より曼陀華を雨らし、天鼓自然に鳴り、諸の天・龍・鬼神、人中の尊を供養す。 一切の諸の仏土、即時に大いに震動す。仏、眉間の光を放ち、諸の稀有の事を現じたもう。 此の光、東方の、万八千の仏土を照らし、一切衆生の、生死業報の処を示す。 諸の仏土の、衆宝をもって荘厳せるを見る有り、琉璃・玻璃の色なり、斯れ仏光の照らすに由る。 及び諸の天・人、龍神・夜叉の衆、乾闥・緊那羅の、各おの其の仏を供養するを見る。 又た諸の如来の、自然に仏道を成じたまえるを見る。身の色は金山の如く、端厳にして甚だ微妙なり、 浄き琉璃の中に、内に真金の像を現ずるが如し。世尊、大衆に在して、深き法義を敷演したもう。 一一の諸の仏土に、声聞の衆、無数なり。仏の光の照らす所に因りて、悉く彼の大衆を見る。 或いは諸の比丘の、山林の中に在りて、精進して浄戒を持つこと、猶し明珠を護るが如くなる有り。 又た諸の菩薩の、施・忍辱等を行ずること、其の数恒沙の如くなるを見る。斯れ仏光の照らすに由る。
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法華経・序品第一(12)比丘・比丘尼の、其の数恒沙の如きも、倍復た精進を加えて、以て無上道を求む。 是の妙光法師は、仏の法蔵を奉持して、八十小劫の中、広く法華経を宣べたり。 是の諸の八王子は、妙光の開化する所にして、無上道に堅固にして、当に無数の仏を見るべし。 諸仏を供養し已りて、大道を随順して行じ、相い継いで成仏することを得て、転次に授記せらる。 最後の天中天は、号を燃燈仏と曰い、諸仙の導師として、無量の衆を度脱したまえり。 是の妙光法師に、時に一りの弟子有り、心に常に懈怠を懐き、名利に貪著せり。 名利を求めて厭くこと無く、多く族姓の家に遊び、習い誦するところを棄捨し、廃忘して通利せず。 是の因縁を以ての故に、之を号して求名と為す。亦た衆の善業を行じ、無数の仏を見ることを得、 諸仏を供養し、大道を随順して行じ、六波羅蜜を具して、今釈師子を見る。 其の後に当に作仏すべし、号を名づけて弥勒と曰い、広く諸の衆生を度すること、其の数、量有ること無からん。 彼の仏の滅度の後、懈怠せし者は汝是れなり。妙光法師は、今、則ち我が身是れなり。 我れ燈明仏の、本の光瑞の此の如くなるを見る。是を以て今の仏、法華経を説かんと欲するを知る。 今の相は本の瑞の如し、是れ諸仏の方便なり。今の仏、光明を放ちて、実相の義を助発したもう。 諸人よ、今当に知るべし、合掌し一心に待て。仏、当に法雨を雨らして、道を求むる者を充足せしめたもうべし。 諸の三乗を求むる人、若し疑悔有らば、仏、当に為に除断して、尽く余り有ること無からしめたもうべし。
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法華経・序品第一(6)名衣上服の、価値千万なる、或いは無価の衣をもって、仏及び僧に施す。千万億種の、栴檀の宝舎、衆の妙なる臥具をもって、仏及び僧に施す。 清浄の園林の、華果茂盛し、流泉浴池あるを、仏及び僧に施す。是くの如き等の施、種々の果微妙にして、歓喜して厭うこと無く、無上道を求む。 或いは菩薩有りて、寂滅の法を説き、種種に教詔して、無数の衆生を度す。或いは菩薩の、諸法の性を観じて、二相有ること無く、猶し虚空の如くなるを見る。 又た仏子の、心に所著無く、此の妙慧を以て、無上道を求むるを見る。文殊師利、又た菩薩有り、仏の滅度の後、舎利を供養す。 又た仏子の、諸の塔廟を造ること、無数恒沙にして、国界を厳飾し、宝塔高妙にして、五千由旬、縦広正等にして、二千由旬なるを見る。 一一の塔廟に、各おの千の幢幡あり、珠をもて交露せる幔あり、宝鈴和し鳴る。諸天・龍神、人及び非人、香華・伎楽をもって、常に以て供養す。 文殊師利、諸の仏子等、舎利を供せんが為に、塔廟を厳飾すれば、国界自然に、殊特妙好なること、天の樹王の如く、其の華開敷するが如し。 仏、一光を放ちたもう。我れ及び衆会、此の国界の、種種に殊妙なるを見る。諸仏の神力、智慧稀有なり。一の浄光を放ちて、無量の国を照らしたもう。 我等此れを見て、未曾有を得たり。仏子文殊、願わくは衆の疑いを決したまえ。四衆欣仰して、仁と我とを瞻る。世尊何が故ぞ、斯の光明を放ちたもう。 仏子、時に答えて、疑いを決し喜ばしめよ。何の饒益する所ありてか、斯の光明を演べたもう。仏、道場に坐して得たまえる所の妙法を、此を説かんと欲するが為なるか、当に授記すべきが為なるか、 諸の仏土の、衆宝をもって厳浄なるを示し、及び諸仏を見せしむるは。此れ小縁に非ず。文殊当に知るべし。四衆・龍神、仁者を瞻察して、何等をか説きたもうと為さん。
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法華経・序品第一(3)その時、会中の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人非人、及び諸の小王・転輪聖王、是の諸の大衆、未曾有を得て、歓喜合掌し、一心に仏を観たてまつる。 その時、仏、眉間の白毫相の光を放ちて、東方万八千の世界を照らしたもうに、周ねからざる靡く、下は阿鼻地獄に至り、上は阿迦尼吒天に至る。此の世界に於いて、尽く彼の土の六趣の衆生を見、又た彼の土の現在の諸仏を見、及び諸仏の説きたもう所の経法を聞く。並びに彼の諸の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、諸の修行して道を得たる者を見、復た諸の菩薩摩訶薩の、種種の因縁、種種の信解、種種の相貌をもって、菩薩の道を行ずるを見、復た諸仏の般涅槃したもうを見、復た諸仏の般涅槃したまいて後、仏の舎利を以て七宝の塔を起つるを見る。 その時、弥勒菩薩、是の念を作さく、「今者、世尊、神変の相を現じたもう。何の因縁を以て、而も此の瑞有る。今、仏世尊、三昧に入りたまえり、是れ不可思議なり、稀有の事を現じたもう。当に誰に問うべき、誰か能く答えん者」と。復た此の念を作さく、「是の文殊師利は、法王の子なり、已に曾て過去無量の諸仏に親近し供養せり、必ず応に此の稀有の相を見るべし、我れ今、当に問うべし」と。 その時、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、及び諸の天・龍・鬼神等、咸な此の念を作さく、「是の仏の光明神通の相、今、当に誰に問うべき」と。 その時、弥勒菩薩、自ら疑いを決せんと欲し、又た四衆の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、及び諸の天・龍・鬼神等の、衆会の心を観て、而も文殊師利に問いて言わく、「何の因縁を以て、而も此の瑞、神通の相有り、大光明を放ちて、東方万八千の土を照らし、悉く彼の仏国の界の荘厳を見るや」と。 是に於いて弥勒菩薩、重ねて此の義を宣べんと欲し、偈を以て問いて曰わく、
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法華経・序品第一(9)「爾の時、如来、眉間の白毫相の光を放ちて、東方万八千の仏土を照らしたもうに、周ねからざる靡きこと、今見る所の是の諸の仏土の如し。弥勒当に知るべし、爾の時、会中に二十億の菩薩有りて、法を聴かんと楽欲す。是の諸の菩薩、此の光明の普く仏土を照らすを見て、未曾有を得、此の光の為す所の因縁を知らんと欲す。時に菩薩有り、名を妙光と曰い、八百の弟子有り。是の時、日月燈明仏、三昧より起ちて、妙光菩薩に因りて、大乗経の妙法蓮華と名づくるを説き、菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なり。六十小劫、座より起たず。時の会の聴者も、亦た一処に坐して、六十小劫、身心動ぜず、仏の説きたもう所を聴くこと、食頃の如しと謂えり。是の時、衆中に、一人として、若しは身、若しは心に、懈倦を生ずる者有ること無し」と。 「日月燈明仏、六十小劫に於いて是の経を説き已りて、即ち梵・魔・沙門・婆羅門、及び天・人・阿修羅の衆中に於いて、而も此の言を宣べたまう、如来は今日の中夜に於いて、当に無余涅槃に入るべし、と。時に菩薩有り、名を徳蔵と曰う。日月燈明仏、即ち其の記を授けたまう。諸の比丘に告げたまわく、是の徳蔵菩薩、次に当に作仏すべし、号を浄身、多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀と曰わん、と。仏、授記し已りて、便ち中夜に於いて、無余涅槃に入りたまえり。仏の滅度の後、妙光菩薩、妙法蓮華経を持して、八十小劫を満たして、人の為に演説す。日月燈明仏の八子、皆な妙光を師とす。妙光、教化して、其れをして阿耨多羅三藐三菩提に堅固ならしむ。是の諸の王子、無量百千万億の仏を供養し已りて、皆な仏道を成ず。其の最後に成仏する者を、名づけて燃燈と曰う。八百の弟子の中に、一人有り、号を求名と曰う。利養に貪著し、復た衆経を読誦すと雖も、而も通利せず、忘失する所多し。故に求名と号す。是の人も亦た、諸の善根を種うる因縁を以ての故に、無量百千万億の諸仏に値うことを得て、供養・恭敬・尊重・讃歎せり」と。