抱朴子外篇 / 自敘
洪既著「自敘」之篇,或人難曰:「昔王充年在耳順,道窮望絕,懼身名之偕滅,故自紀終篇。先生以始立之盛,值乎有道之運,方將解申公之束帛,登穆生之蒲輪,耀藻九五,絕聲昆吾,何憾芬芳之不揚,而務老生之彼務?」洪答曰:「夫二儀彌邈,而人居若寓,以朝菌之耀秀,不移晷而殄瘁,類春華之暫榮,未改旬而凋墜。雖飛飆之經霄,激電之乍照,未必速也。夫期賾猶奔星之騰煙,黃發如激箭之過隙。況或未萌而殞籜,逆秋而霧瘁者哉?故項子有含穗之嘆,揚烏有夙折之哀,歷覽遠古,逸倫之士,或以文藝而龍躍,或以武功而虎踞,高勛著於盟府,德音被乎管弦,形器雖瀋,鑠於淵壤,美談飄飄而日載,故雖千百代,猶穆如也。余以庸陋,瀋抑婆婆,用不合時,行舛於世,發音則響與俗乖,抗足則跡與衆迕。內無金張之援,外乏彈冠之友。循途雖坦,而足無騏驎;六虛雖曠,而翼非大鵬。上不能鷹揚匡國,下無以顯親垂名。美不寄於良史,聲不附乎鍾鼎。故因著述之餘,而為自敘之篇,雖無補於窮達,亦賴將來之有述焉!
新字:洪既著「自敘」之篇,或人難曰:「昔王充年在耳順,道窮望絶,懼身名之偕滅,故自紀終篇。先生以始立之盛,値乎有道之運,方将解申公之束帛,登穆生之蒲輪,耀藻九五,絶声昆吾,何憾芬芳之不揚,而務老生之彼務?」洪答曰:「夫二儀弥邈,而人居若寓,以朝菌之耀秀,不移晷而殄瘁,類春華之暫栄,未改旬而凋墜。雖飛飆之経霄,激電之乍照,未必速也。夫期賾猶奔星之騰煙,黄発如激箭之過隙。況或未萌而殞籜,逆秋而霧瘁者哉?故項子有含穂之嘆,揚烏有夙折之哀,歴覧遠古,逸倫之士,或以文芸而竜躍,或以武功而虎踞,高勛著於盟府,徳音被乎管弦,形器雖瀋,鑠於淵壤,美談飄飄而日載,故雖千百代,猶穆如也。余以庸陋,瀋抑婆婆,用不合時,行舛於世,発音則響与俗乖,抗足則跡与衆迕。内無金張之援,外乏弾冠之友。循途雖坦,而足無騏驎;六虚雖曠,而翼非大鵬。上不能鷹揚匡国,下無以顕親垂名。美不寄於良史,声不附乎鍾鼎。故因著述之余,而為自敘之篇,雖無補於窮達,亦頼将来之有述焉!
書き下し
洪は既に自敘の篇を著すに、或る人難じて曰く、「昔、王充は年耳順に在り、道窮まり望み絶えて、身名の偕に滅ぶを懼れ、故に自ら紀して篇を終えたり。先生は始立の盛んなるを以て、有道の運に値い、方に申公の束帛を解き、穆生の蒲輪に登り、藻を九五に耀かし、声を昆吾に絶たんとす。何ぞ芬芳の揚がらざるを憾みて、老生の彼の務めを務むるや」と。洪は答えて曰く、「夫れ二儀は弥邈なるも、人の居るは寓の若し。朝菌の耀秀を以てするも、晷を移さずして殄瘁し、春華の暫く栄ゆるに類し、旬を改めずして凋墜す。飛飆の霄を経、激電の乍ち照らすと雖も、未だ必ずしも速やかならざるなり。夫れ期賾は奔星の煙を騰ぐるが猶く、黄髪は激箭の隙を過ぐるが如し。況んや未だ萌さずして籜を殞とし、秋に逆らいて霧のごとく瘁む者をや。故に項子に含穂の嘆き有り、揚烏に夙折の哀しみ有り。遠古を歴覧するに、逸倫の士は、或いは文芸を以て龍躍し、或いは武功を以て虎踞し、高勲は盟府に著れ、徳音は管弦に被り、形器は雖も瀋みて淵壌に鑠くるも、美談は飄飄として日に載り、故に千百代と雖も、猶お穆如たり。余は庸陋を以て、瀋抑して婆婆たり、用いられて時に合わず、行いは世に舛い、音を発すれば響は俗と乖き、足を抗ぐれば跡は衆と迕う。内に金張の援無く、外に弾冠の友に乏し。途に循えば坦なりと雖も、而れども足に騏麟無く、六虚は曠しと雖も、而れども翼は大鵬に非ず。上は鷹揚して国を匡す能わず、下は以て親を顕らかにし名を垂るる無し。美は良史に寄せられず、声は鍾鼎に附かず。故に著述の余に因りて、自敘の篇を為り、窮達に補う無しと雖も、亦た将来の述ぶる有るに頼らん」と。
現代語訳
私が自敘の篇を著すと、ある人が詰問して言った。「昔、王充は年が六十に達し、道が行き詰まり望みが絶え、身も名もともに滅ぶことを恐れ、そこで自らを記して篇を終えた。先生は三十歳という盛んな年に、有道の運に値い、申公が束帛を解かれ、穆生が蒲輪で迎えられたように、九五の位に文藻を輝かせ、昆吾に声を絶とうとしている。どうして芳しい名の揚がらないことを憾み、老いた書生の務めを務めるのか」と。私は答えて言った。「天地は広く遠いが、人が居るのは仮の宿のようなものである。朝菌が輝き咲いても、日影が移らないうちに枯れ、春の花が暫く栄えるのに似て、十日も経たずに散り落ちる。疾風が空を過ぎ、稲妻が一瞬照らしても、必ずしも速いとは限らない。若さは流星が煙を上げるようなもの、老年は激しい矢が隙間を過ぎるようなものだ。まして、芽生える前に皮を落とし、秋に逆らって霧のように枯れる者においてはなおさらである。だから項子には穂をはらんだまま枯れる嘆きがあり、揚烏には早世の哀しみがある。遠い昔を見渡すと、抜きん出た士は、あるいは文芸で龍のように躍り、あるいは武功で虎のようにうずくまり、高い勲は盟府に記され、徳の声は管弦に被い、形ある身は沈んで土に溶けても、美談は飄々と日々に載り、千百代を経てもなお穏やかに輝いている。私は凡庸で、沈み抑えられてさまよい、用いられても時に合わず、行いは世と食い違い、声を発すれば響きは俗と乖き、足を上げれば跡は衆と逆らう。内に金氏・張氏の援助はなく、外に冠の塵を払って推してくれる友に乏しい。道に沿えば平らでも、足に駿馬はなく、天地四方は広くとも、翼は大鵬ではない。上は鷹のように揚がって国を正すことができず、下は親を顕らかにして名を垂らすこともできない。美は良き史官に託されず、声は鍾鼎の銘に付かない。そこで著述の余暇に、自敘の篇を作り、窮達の足しにはならないが、将来の人が述べてくれることに頼ろう」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
-
『墨子』非命下是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
-
司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
-
論語・憲問篇微生畝、孔子に謂いて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。」孔子曰く、「敢えて佞を為すに非ざるなり、固を疾むなり。」
-
『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて曰く、我れ金玉子女壤地を以て足らずと為すに非ざるなり。我れ義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來さんと欲するなり、と。子墨子曰く、今、若し能く義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來す者有らば、天下の服すること立ちどころに待つ可きなり。夫れ天下、攻伐に處ること久し。譬うるに猶お傅子の馬を為るが然り。
-
『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「子は天下を兼愛するも、未だ利ありと云わず。我れは天下を愛せざるも、未だ賊すと云わず。功、皆な未だ至らざるに、子、何ぞ獨り自ら是として我を非とするや」と。子墨子曰く、「今、此に燎ゆる者有り。一人は水を奉じて将に之に灌がんとし、一人は火を摻りて将に之を益さんとす。功、皆な未だ至らざるも、子、何れをか二人に貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは彼の水を奉ずる者の意を是とし、夫の火を摻る者の意を非とす」と。子曰く、「吾れも亦た吾が意を是とし、子の意を非とするなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る