抱朴子外篇 / 自敘
洪者,君之弟三子也。生晚,為二親所嬌饒,不早見督以書史。年十有三,而慈父見背。夙失庭訓,飢寒困瘁,躬執耕穡,承星履草,密勿疇襲。又累遭兵火,先人典籍蕩盡。農隙之暇無所讀,乃負笈徒步行借。又卒於一家,少得全部之書,益破功日伐薪以給紙筆,就營田園處,以柴火寫書。坐此之故,不得早涉藝文。常乏紙,每所寫,反覆有字,人鮮能讀也。
新字:洪者,君之弟三子也。生晩,為二親所嬌饒,不早見督以書史。年十有三,而慈父見背。夙失庭訓,飢寒困瘁,躬執耕穡,承星履草,密勿疇襲。又累遭兵火,先人典籍蕩尽。農隙之暇無所読,乃負笈徒歩行借。又卒於一家,少得全部之書,益破功日伐薪以給紙筆,就営田園処,以柴火写書。坐此之故,不得早渉芸文。常乏紙,毎所写,反覆有字,人鮮能読也。
書き下し
洪は、君の第三子なり。生まれ晩く、二親に嬌饒せられ、早くは督して書史に見えず。年十有三にして、慈父背かる。夙に庭訓を失い、飢寒困瘁し、躬ら耕穡を執り、星を承け草を履み、密勿として疇襲す。又た累しば兵火に遭い、先人の典籍は蕩尽す。農隙の暇に読む所無く、乃ち笈を負い徒歩して行き借る。又た一家に卒き、少しく全部の書を得れば、益ます功日を破り薪を伐りて以て紙筆に給し、田園を営む処に就きて、柴火を以て書を写す。此の故に坐して、早くは芸文に涉るを得ず。常に紙乏しく、写す所毎に、反覆して字有り、人は能く読むこと鮮し。
現代語訳
私は、父君の三男である。生まれるのが遅く、両親に甘やかされ、早くから書史を学ぶよう督励されることがなかった。十三歳のときに、慈父が亡くなった。早くから家庭での教えを失い、飢えと寒さに苦しみ、自ら耕作をし、星の下から草を踏んで働き、休む間もなく田を打った。また何度も戦火に遭い、先人の蔵書は焼き尽くされた。農閑期の暇に読む本がなく、そこで書箱を背負い歩いて借りに行った。ある一家で亡くなった人があり、少しばかり全部揃った書を得たので、さらに仕事の日を割いて薪を伐り紙筆に換え、田畑を営む場所で、薪の火の明かりで書を写した。このことにより、早くには芸文に通じることができなかった。いつも紙が足りず、写すたびに、表も裏も字で埋め、他人にはほとんど読めなかった。
解説
この章句が説くこと
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