抱朴子外篇 / 詰鮑
「豈可以事之有過而都絕之乎?若虞在上,稷卨贊事,卑宮薄賦,使民以時,崇節儉之清風,肅玉食之明禁。質素簡約者,貴而顯之;亂化侵民者,黜而戮之;則頌聲作而黎庶安矣。何必慮火災而壞屋室,畏風波而填大川乎?」抱朴子曰:「鮑生貴上古無君之論,余既駁之矣。後所答余,文多不能盡載,余稍條其論而牒詰之雲。」鮑生曰:「人君辨難得之寶,聚奇怪之物,飾無益之用,厭無已之求。」
新字:「豈可以事之有過而都絶之乎?若虞在上,稷卨賛事,卑宮薄賦,使民以時,崇節倹之清風,粛玉食之明禁。質素簡約者,貴而顕之;乱化侵民者,黜而戮之;則頌声作而黎庶安矣。何必慮火災而壊屋室,畏風波而填大川乎?」抱朴子曰:「鮑生貴上古無君之論,余既駁之矣。後所答余,文多不能尽載,余稍条其論而牒詰之雲。」鮑生曰:「人君弁難得之宝,聚奇怪之物,飾無益之用,厭無已之求。」
書き下し
「豈に事の過ち有るを以て都て之を絶つ可けんや。若し虞上に在り、稷・卨事を賛け、宮を卑しくし賦を薄くし、民を使うに時を以てし、節倹の清風を崇び、玉食の明禁を粛せば、質素簡約なる者は、貴びて之を顕し、化を乱し民を侵す者は、黜けて之を戮せば、則ち頌声作りて黎庶安からん。何ぞ必ずしも火災を慮りて屋室を壊し、風波を畏れて大川を填めんや」と。抱朴子曰く、「鮑生の上古無君の論を貴ぶこと、余既に之を駁せり。後に余に答うる所、文多くして尽くは載す能わず。余は稍や其の論を条して之を牒詰すと云う」と。鮑生曰く、「人君は難得の宝を辨じ、奇怪の物を聚め、無益の用を飾り、無已の求を厭かしむ」と。
現代語訳
「事に過ちがあるからといって、すべてを絶ち切ってよいものだろうか。もし舜が上にあり、稷や契がその事を助け、宮殿を質素にして租税を薄くし、民を使うのに時を考え、節倹の清らかな風を尊び、贅沢な食事への明確な禁を設け、質素で簡約な者は貴んで顕彰し、教化を乱し民を侵す者は退けて罰するなら、太平を頌える声が起こり、民は安んじられる。どうして火事を心配して家を壊し、風波を恐れて大河を埋める必要があろうか」と。(ここまでは抱朴子の反論と解される。)抱朴子は言う。「鮑生が上古の無君の論を貴ぶことは、私はすでに論駁した。その後の鮑生の答えは、文が多くて載せ尽くせない。私はその論をやや条立てして、順に問い詰めよう」と。鮑生は言う。「君主は得がたい宝を求め、珍しい物を集め、無益な用に飾り、尽きることのない欲求を満たす」と。
解説
この章句が説くこと
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抱朴子外篇・詰鮑然れども士庶は猶お侯服鼎食し、牛馬沢を蓋う、賦斂に節有りて、下を損なうに足らざるに由る。季世に至りては、官は佃課の制を失い、私は浮末の業を務め、穀を生ずるの道広からず、而して遊食の徒滋ます多し。故に上下同じく之にして、非を犯す者衆し。鮑生乃ち咎を有君に帰す。若し夫れ辨擇の限りを過ぐるを譏り、農課の実ならざるを刺り、牛飲の三千を責め、履畝を太半に貶めば、但だ後宮をして周礼に依らしめ、租調横に加えざらしむれば、斯れ則ち可なり。必ず無君ならんや。夫れ一日晏く起くれば、則ち事に所を失う有り。即鹿に虞無くんば、維れ林中に入る、安くんぞ終に已む可けんや。宗統する所靡ければ、則ち君子は仰ぐ所を失い、兇人は其の志を得ん。網疏なるも猶お漏る、都て網無かる可けんや」と。
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抱朴子外篇・詰鮑抱朴子詰じて曰く、「請い問う、古今の帝王、尽く難得の宝を辨じ、奇怪の物を聚むるか。爾らざる者有り。余聞く、唐堯の君たるや、金を山に捐つ。虞舜の禅するや、璧を谷に捐つ。疏食菲服、之を監門に方ぶ。其れ淵に汔らず珠を剖き、巌を傾け玉を刊み、石を鑿ち黄白の鉱を鑠し、海を越え翡翠の羽を裂き、瑇瑁を絶域に網し、丹青を岷漢に掘らざるは、亦た知る可し。夫れ服章殊なる無くんば、則ち威重著れず。名位同じからざれば、則ち礼物数を異にす。是を以て周公は貴賤上下の異を辨じ、宮室居処を式るに、則ち堵雉の限り有り、冠蓋旌旗には、則ち文物の飾り有り、車服器用には、則ち多少の制有り、庖廚の供羞には、則ち法膳の品有り。年兇災眚には、又た之を減撤す。無已の欲、有道に在らず。子の云う所は、以て桀紂の罪を声す可きも、以て雅論の証を定むるに足らざるなり。
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抱朴子外篇・詰鮑鮑生曰く、「人の生や、衣食已に劇し。況んや又た之に斂賦を加え、之に力役を重ぬるをや。饑寒並び至り、下は命に堪えず、法を冒し非を犯すこと、是に於いて生ず」と。抱朴子詰じて曰く、「蜘蛛網を張りて、蚤虱餒えず。人をして智巧ならしめ、万物を役用し、口を食らい身を衣す、何ぞ劇しとするに足らんや。但だ患うるは、富める者に止まるを知るの心無く、貴き者に無限の用有るのみ。豈に一蹶の故を以て、終身行かず、桀紂の虐を以て、無主を思わんや。夫れ主事弥いよ張り、賦斂の重きは往昔より重く、民力の末務に疲るるを言い、饑寒の縁る所、以て之を譏るは可なり。而るに役有り賦有りて国をして乱れしむと言わば、請い問う、唐虞升平の世、三代有道の時、賦役無くして以て相い供奉し、元首股肱、躬ら耕して以て自給するか。鮑生は乃ち唯だ饑寒並び至るを知るのみにして、固窮する能わず。独り衣食並びに足りて民栄辱を知るを知らざるか」と。
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抱朴子外篇・詰鮑鮑生曰く、「王者の深きに臨み尾を履むは、以て危うきを喩うるに足らず。仮寐して旦を待ち、日昃きて旰食す。将に何をか禍の及ぶを懼れん」と。抱朴子難じて曰く、「審らかに能く此の如くんば、乃ち聖主なり。王者の病は、驕奢に在り。賢者用いられず、用いらるる者賢ならず。夏癸は天日を指して以て自ら喩え、秦始は万世の同謚を憂え、故に傾亡を致して、将来に笑いを取る。若し能く危うきを懼れ夕べに惕れ、広く規諫を納れ、芻蕘を詢いて以て聴くを待ち、黄髪を養いて以て言を乞わば、何ぞ機事の違う有るを憂え、何ぞ百揆の康からざるを患えん。夫れ戦兢すれば則ち彜倫敘び、怠荒すれば則ち奸宄作る。況んや無君にして、能く乱れざらんや」と。
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抱朴子外篇・詰鮑或ひと曰く、「茍も夫れ欲す可きの物は、城池の固め無しと雖も、敵も亦た来たらざる者なり」と。抱朴子答えて曰く、「夫れ欲す可きの物は、何ぞ必ずしも金玉ならん。錐刀の末にも、愚民は競う。越人の大戦は、蚺蛇の鈞しからざるに由り、呉楚の兵を交うるは、一株の桑葉に起こる。饑荒の世には、人人相い食らい、素手裸跣す。遠くは則ち甫侯・子羔、近くは于公・釈之、情を控し罰を審らかにし、毫を剖き芒を析く。戮を受くる者は声を呑みて徳を歌い、則ち劓せらるる者も没歯怨言無し。此れ皆な君無きの時に非ず。昔鰥の下に在る有りて四嶽蔽わず、仄陋を明揚して元凱畢く挙げられ、或いは屠刀を投じて金門を排し、或いは版築を釈てて玉堂を躡み、或いは芻豢を委ねて卿相に登り、或いは亡命より上将と為る。伯柳は讎人を達し、解狐は怨家を薦め、方回は叩頭して以て士を致し、禽息は首を砕きて以て賢を推す。敢えて問う、時に君有りや否や。又た云う、「田蕪れ廩虚しきは、皆な君有るに由る」と。「夫れ君は田を塞ぐ蔓草に非ず、臣は倉を耗す雀鼠に非ざるなり。其の蕪れ其の虚しきは、卒に戸乙の運に由り、水旱疫癘、以て兇荒に臻る、豈に賦税に在りて、其れをして然らしめんや。八政の首は食、之を民天と謂うに至りては、后稷は躬ら稼し、有虞は親ら耕す。豊年には黍多く稌多く、我が庾惟れ億、民は其の陳を食らう。白渠開きて斥鹵は膏壌となり、邵父は陽陵の陂を起こして穀を積みて山と為し、叔敖は期思を創めて家に腐粟有り、趙過は三犁の巧を造りて関右以て豊かに、任延は九真の佃を教えて黔庶殷飽す。此れ豈に無君の時ならんや。
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抱朴子外篇・詰鮑「夫れ身に在公の役無く、家に輸調の費無く、土に安んじ業を楽しみ、天に順い地を分かち、内に衣食の用に足り、外に勢利の争い無くんば、杖を操りて攻劫するは、人情に非ざるなり。象刑の教には、民之を犯す莫く、法令滋ます彰らかなれば、盗賊多く有り。豈に彼に利を求むる性無く此れ専ら貪残なるならんや。蓋し我清静なれば則ち民自ら正しく、下疲怨すれば則ち智巧生ずるなり。之を自然に任せてすら、猶お凌暴を慮る。之を労して休まず、奪いて已む無く、田蕪れ倉虚しく、杼柚の空しく、食は口を充たさず、衣は身を周からざれば、乱るる勿からしめんと欲するも、其れ得可けんや。禍を救わんとして禍弥いよ深く、禁を峻くして禁止まざる所以なり。関梁は非を禁ずる所以なるも、猾吏因りて以て非を為す。衡量は偽を検する所以なるも、邪人因りて以て偽を為す。
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