抱朴子外篇 / 詰鮑
「古者生無棟宇,死無殯葬,川無舟楫之器,陸無車馬之用,吞啖毒烈,以至殞斃,疾無醫術,枉死無限。後世聖人,改而垂之,民到於今,賴其厚惠,機巧之利,未易敗矣。今使子居則反巢穴之陋,死則捐之中野,限水則泳之遊之,山行則徒步負戴,棄鼎鉉而為生臊之食,廢針石而任自然之病。裸以為飾,不用衣裳;逢女為偶,不假行媒。吾子亦將曰:『不可也。』況於無君乎?若令上世人如木石,玄冰結而不寒,資糧絕而不饑者,可也。衣食之情,茍在其心,則所爭豈必金玉,所競豈必榮位!橡草予可以生鬥訟,藜藿足用,致侵奪矣。夫有欲之性,萌於受氣之初,厚己之情,著於成形之日,賊殺並兼,起於自然,必也不亂,其理何居!
新字:「古者生無棟宇,死無殯葬,川無舟楫之器,陸無車馬之用,呑啖毒烈,以至殞斃,疾無医術,枉死無限。後世聖人,改而垂之,民到於今,頼其厚恵,機巧之利,未易敗矣。今使子居則反巣穴之陋,死則捐之中野,限水則泳之遊之,山行則徒歩負戴,棄鼎鉉而為生臊之食,廃針石而任自然之病。裸以為飾,不用衣裳;逢女為偶,不仮行媒。吾子亦将曰:『不可也。』況於無君乎?若令上世人如木石,玄冰結而不寒,資糧絶而不饑者,可也。衣食之情,苟在其心,則所争豈必金玉,所競豈必栄位!橡草予可以生鬥訟,藜藿足用,致侵奪矣。夫有欲之性,萌於受気之初,厚己之情,著於成形之日,賊殺並兼,起於自然,必也不乱,其理何居!
書き下し
「古者は生きては棟宇無く、死しては殯葬無く、川に舟楫の器無く、陸に車馬の用無く、毒烈を吞啖して、以て殞斃に至り、疾に医術無く、枉死限り無し。後世の聖人、改めて之を垂れ、民は今に到るまで其の厚恵に頼る。機巧の利は、未だ敗れ易からず。今子をして居は則ち巣穴の陋に反り、死すれば則ち之を中野に捐て、水に限らるれば則ち之を泳ぎ之を游ぎ、山行すれば則ち徒歩して負戴し、鼎鉉を棄てて生臊の食を為し、針石を廃して自然の病に任せしめん。裸を以て飾と為し、衣裳を用いず、女に逢えば偶と為し、行媒を仮らず。吾が子も亦た将に曰わんとす、『不可なり』と。況んや無君をや。若し上世の人をして木石の如くならしめ、玄冰結ぶも寒からず、資糧絶ゆるも饑えざれば、可なり。衣食の情、茍くも其の心に在らば、則ち争う所豈に必ずしも金玉ならんや、競う所豈に必ずしも栄位ならんや。橡草すら予に闘訟を生ず可く、藜藿にして侵奪を致すに足る。夫れ欲有るの性は、気を受くるの初めに萌し、己を厚くするの情は、形を成すの日に著る。賊殺並兼は、自然に起こる、必ず乱れざるは、其の理何くにか居らん。
現代語訳
「大昔は、生きては家がなく、死んでは葬りもなく、川には舟や櫂の器がなく、陸には車や馬の用がなく、毒のあるものや激しいものを食らって死に至り、病には医術がなく、不慮の死は限りがなかった。後世の聖人が改めてこれらを整え、民は今に至るまでその厚い恵みに頼っている。巧みな仕掛けの利は、容易には損なわれない。いま、あなたに住まいは巣穴の粗末さに戻り、死ねば野原に捨て、水に阻まれれば泳ぎ、山を行くときは徒歩で荷を背負い頭にのせ、鼎での調理を捨てて生臭いものを食べ、針や石の治療をやめて自然の病に任せさせたとする。裸を飾りとして衣服を用いず、女に出会えばつれあいとし、仲人を頼らない。あなた自身も『それはいけない』と言うだろう。まして君主のない世ならなおさらだ。もし太古の人が木や石のようで、厚い氷が張っても寒くなく、食糧が尽きても飢えないのであれば、それでもよい。しかし衣食を求める気持ちが少しでも心にあるなら、争うものは必ずしも金や玉であろうか、競うものは必ずしも栄位であろうか。どんぐりや草の実でさえ訴訟や争いを生み、粗末な食べ物でも侵奪を招くに足りる。欲のある性は、気を受けたはじめに芽生え、自分を厚くしようとする情は、形が成った日から現れる。殺し合い併呑することは、自然に起こる。必ず乱れないという道理が、どこにあろうか。
解説
この章句が説くこと
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抱朴子外篇・詰鮑「且つ夫れ古に逮びて質樸なるは、蓋し其の未だ変ぜざるなり。民は尚お童蒙にして、機心動かず、夫の嬰孩の、智慧未だ萌さざるに譬う。知りて為さざるに非ず、欲して之を忍ぶに非ざるなり。若し人と人と草莱の利を争い、家と家と巣窟の地を訟え、上に枉を治むるの官無く、下に類を重ぬるの党有らば、則ち私闘は公戦に過ぎ、木石は干戈より鋭く、屍を交え野に布き、血を流して路を絳くす。久しく君無くんば、噍類尽きん。擾龍馴鳳、河図洛書に至りては、或いは麟甲を銜え負い、或いは黄魚波に湧き、或いは丹禽翔り授け、或いは回風三たび集まるも、皆な君有るの世に在りて、無王の時には出でず。夫れ祥瑞の徴は、玄極を指し発し、或いは以て革命の符を表し、或いは以て至治の盛を彰らかにす。若し君有るをして、天意に合わざらしめば、彼の嘉応の来たること、孰か之を使めんや。子若し混冥を以て美と為さば、則ち乾坤は分かつ宜からず。若し無名を以て高しと為さば、則ち八卦は画く当からず。豈に造化に謬り有りて、太昊の暗きならんや。雅論の尚ぶ所は、唯だ自然を貴ぶ。請い問う、母を識りて父を忘るるは、群生の性なり。拜伏の敬は、世の末飾なり。然れども性は任す可からず、必ず父を尊ぶ。飾は廃す可からず、必ず拝有り。之を任せ之を廃す、子は安んずるか。
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抱朴子外篇・詰鮑爵を譲り禄を辞し、以て虚名を釣らば、則ち本より譲る無きに如かず。天下逆乱して忠義顕れ、六親和せずして孝慈彰らかなり。曩古の世は、君無く臣無く、井を穿ちて飲み、田を耕して食い、日出でて作し、日入りて息い、泛然として系がれず、恢爾として自得し、競わず営まず、栄無く辱無く、山に蹊径無く、沢に舟梁無し。川谷通ぜざれば、則ち相い並兼せず、士衆聚まらざれば、則ち相い攻伐せず。是を以て高巣は探られず、深淵は漉われず、鳳鸞は庭宇に棲息し、龍鱗は園池に群遊す。饑虎も履む可く、虺蛇も執る可く、沢を渉りて鷗鳥入り飛ばず、林に入りて狐兔驚かず。勢利萌さず、禍乱作らず、干戈用いず、城池設けず、万物玄同し、相い道に忘る。疫癘流れず、民は考終を獲、純白胸に在り、機心生ぜず、食を含みて熙び、腹を鼓して遊ぶ。其の言は華ならず、其の行いは飾らず。安くんぞ聚斂して以て民財を奪うを得ん、安くんぞ厳刑して以て坑阱を為すを得んや。
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抱朴子外篇・詰鮑「杪季に降及して、智用い巧生じ、道徳既に衰え、尊卑序有り、升降損益の礼を繁にし、紱冕玄黄の服を飾り、土木を凌霄に起こし、丹緑を棼撩に構え、峻を傾けて宝を捜し、淵に泳ぎて珠を辨ず。玉を聚むること林の如くすれども、以て其の変を極むるに足らず。金を積みて山と成すも、以て其の費を贍すに足らず。淫荒の域に澶漫して、其の大始の本に叛き、宗を去ること日に遠く、樸に背くこと弥いよ増す。賢を尚べば民は名を争い、貨を貴べば盗賊起こり、欲す可きを見れば真正の心乱れ、勢利陳なれば劫奪の途開く。剡鋭の器を造りて侵割の患を長ず。弩は勁からざるを恐れ、甲は堅からざるを恐れ、矛は利からざるを恐れ、盾は厚からざるを恐る。若し凌暴無くんば、此れ皆な棄つ可きなり。故に曰く、白玉毀たれずんば、孰か珪璋を為さん。道徳廃れずんば、安くんぞ仁義を取らん。夫の桀紂の徒をして、人を燔きて諫むる者を辜し、諸侯を脯にし、方伯を菹にし、人の心を剖き、人の脛を破り、驕淫の悪を窮め、炮烙の虐を用いしむるを得しむ。若し斯の人をして並びに匹夫と為さしめば、性は兇奢なりと雖も、安くんぞ之を施すを得ん。彼をして酷を肆にし欲を恣にし、天下を屠割せしむるは、君為るに由り、故に意を縦にするを得るなり。君臣既に立ちて、衆慝日に滋く、而るに臂を桎梏の間に攘い、悉く塗炭の中に労せんと欲す。
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抱朴子外篇・詰鮑大臣は危を扶くる所以なるも、奸臣は主の危からざるを恐る。兵革は難を静むる所以なるも、寇者は之を盗みて以て難を為す。此れ皆な君有るの致す所なり。民に利する所有れば、則ち争心有り。富貴の家は、利する所重し。且つ夫れ細民の争いは、小小に過ぎず。匹夫力を校ぶるも、亦た何の至る所あらん。疆土の貪る可きなく、城郭の利とす可きなく、金宝の欲す可きなく、権柄の競う可きなく、勢は以て徒衆を合わす能わず、威は以て異人を駆るに足らず。孰ぞ王の赫斯として怒り、師を陳べ旅を鞠め、無讎の民を推し、無罪の国を攻め、僵屍は則ち動もすれば万を以て計え、流血は則ち櫓を漂わせ野を丹くするに与らんや。無道の君は、世として有らざる無く、其の虐乱を肆にし、天下に邦無く、忠良は内に害せられ、黎民は外に骨を暴す。豈に徒に小小の争奪の患のみならんや。父を移して君に事え、孝を廃して忠と為し、令を申ねて君無きに至りては、亦た同じく之有るのみ。古の屋を為るや、以て風雨を蔽うに足り、而るに今は則ち被うに朱紫を以てし、飾るに金玉を以てす。古の衣を為るや、以て身形を掩うに足り、而るに今は則ち玄黄黼黻、綿綺紈。古の楽を為るや、以て人情を定むるに足り、而るに今は則ち淫声に煩わしく、魂を驚かし和を傷む。古の飲食は、以て饑虚を充たすに足り、而るに今は則ち林を焚き淵を漉い、群生を宰割す。
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抱朴子外篇・詰鮑是を以て聖人の作る有り、命を天に受け、或いは罟を結びて以て畋漁し、或いは辰を瞻て燧を鉆り、或いは卉を嘗めて粒を選び、或いは宇を構えて以て仰蔽す。物を備え用を致し、害を去り利を興し、百姓欣戴して、奉じて之を尊ぶ。君臣の道、是に於いて生ず。安くんぞ愚を詐り弱を凌ぐの理有らんや。三五叠いに興り、道教遂に隆んに、辯章勧沮し、徳盛んに刑清く、明良の歌作り、蕩蕩の化成り、太階既に平らかに、七政度に遵い、梧禽は朝陽に響きを激し、麟虞は霊を覿て来出し、亀龍は藻を河湄に吐き、景老は耀を天路に摛き、皇風九域に振い、兇器は府庫に戢まる。是を以て礼制すれば則ち君安く、楽作れば刑厝かる。若し夫れ奢淫狂暴は、人己に由る、豈に必ずしも君有りて、便ち爾るべけんや。而るに鮑生は独り衰世の罪を挙げて、至治の義を論ぜざるは、何ぞや。
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抱朴子外篇・詰鮑或ひと曰く、「茍も夫れ欲す可きの物は、城池の固め無しと雖も、敵も亦た来たらざる者なり」と。抱朴子答えて曰く、「夫れ欲す可きの物は、何ぞ必ずしも金玉ならん。錐刀の末にも、愚民は競う。越人の大戦は、蚺蛇の鈞しからざるに由り、呉楚の兵を交うるは、一株の桑葉に起こる。饑荒の世には、人人相い食らい、素手裸跣す。遠くは則ち甫侯・子羔、近くは于公・釈之、情を控し罰を審らかにし、毫を剖き芒を析く。戮を受くる者は声を呑みて徳を歌い、則ち劓せらるる者も没歯怨言無し。此れ皆な君無きの時に非ず。昔鰥の下に在る有りて四嶽蔽わず、仄陋を明揚して元凱畢く挙げられ、或いは屠刀を投じて金門を排し、或いは版築を釈てて玉堂を躡み、或いは芻豢を委ねて卿相に登り、或いは亡命より上将と為る。伯柳は讎人を達し、解狐は怨家を薦め、方回は叩頭して以て士を致し、禽息は首を砕きて以て賢を推す。敢えて問う、時に君有りや否や。又た云う、「田蕪れ廩虚しきは、皆な君有るに由る」と。「夫れ君は田を塞ぐ蔓草に非ず、臣は倉を耗す雀鼠に非ざるなり。其の蕪れ其の虚しきは、卒に戸乙の運に由り、水旱疫癘、以て兇荒に臻る、豈に賦税に在りて、其れをして然らしめんや。八政の首は食、之を民天と謂うに至りては、后稷は躬ら稼し、有虞は親ら耕す。豊年には黍多く稌多く、我が庾惟れ億、民は其の陳を食らう。白渠開きて斥鹵は膏壌となり、邵父は陽陵の陂を起こして穀を積みて山と為し、叔敖は期思を創めて家に腐粟有り、趙過は三犁の巧を造りて関右以て豊かに、任延は九真の佃を教えて黔庶殷飽す。此れ豈に無君の時ならんや。
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