抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:天秩有罔極之尊,人爵無違德之貴。故仲尼雖匹夫而饗祀於百代,辛癸為帝王而仆豎不願以見比,商老身愈賤而名愈貴,幽厲位彌重而罪彌著。故齊王之生,不及柳惠之墓;秦王之宮,未若康成之閭。
新字:抱樸子曰:天秩有罔極之尊,人爵無違徳之貴。故仲尼雖匹夫而饗祀於百代,辛癸為帝王而仆豎不願以見比,商老身愈賤而名愈貴,幽厲位弥重而罪弥著。故斉王之生,不及柳恵之墓;秦王之宮,未若康成之閭。
書き下し
抱朴子曰く、天秩に罔極の尊有り、人爵に徳に違うの貴無し。故に仲尼は匹夫と雖も百代に饗祀せられ、辛・癸は帝王為るも僕豎も比べ見らるるを願わず、商老は身愈いよ賤しくして名愈いよ貴く、幽・厲は位彌いよ重くして罪彌いよ著し。故に斉王の生は柳恵の墓に及ばず、秦王の宮は康成の閭に若かず。
現代語訳
抱朴子は言う。天の定める秩序には窮まりない尊さがあり、人の与える爵位には、徳に背いた貴さはない。だから孔子は一介の匹夫でありながら百代にわたって祀られ、辛と癸(殷の紂王と夏の桀王)は帝王でありながら下僕でさえ引き比べられるのを願わず、商の老人は身がいよいよ賤しくなって名はいよいよ貴くなり、幽王と厲王は位がいよいよ重くなって罪はいよいよ著しい。だから、斉王の生は柳下恵の墓にも及ばず、秦王の宮殿は鄭玄の里の門にも及ばない。
解説
天の秩序には極まりない尊さがあるが、人の爵位には「徳に違うの貴」はない、と原則を置きます。仲尼(孔子)は匹夫でも百代祀られ、帝王の辛・癸は僕でさえ比べられたがらない。位が重くなるほど罪が顕れる幽・厲の例も出ます。肩書きの貴さと人の貴さを分ける論です。役職は組織が与えるもので、徳は本人が積むものです。昇進を重ねても、人望がついてこないリーダーは少なくありません。肩書きを外した後に何が残るかが、自分への最も正直な評価軸になります。
この章句が説くこと
人爵に徳に違うの貴無し商老は身愈いよ賤しくして名愈いよ貴く仲尼は匹夫と雖も百代に饗祀せられ徳爵位名
関連する章句
-
呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
-
論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
-
論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
-
論語・憲問篇南宮适、孔子に問いて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かす。倶に其の死を得ざりき。禹・稷は躬ら稼して天下を有てり。」夫子答えず。南宮适出づ。子曰く、「君子なるかな若き人。徳を尚ぶかな若き人。」
-
論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
-
『墨子』親士是の故に天地は昭昭たらず、大水は潦潦たらず、大火は燎燎たらず、王徳は堯堯たらず。者は乃ち千人の長なり。其の直きこと矢の如く、其の平らかなること砥の如きは、萬物を覆うに足らず。是の故に谿の狹き者は速やかに涸れ、逝の淺き者は速やかに竭き、墝埆なる者は其の地育まず。王者の淳き澤も、宫中を出でざれば、則ち國に流るる能わず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る