抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:行無邈俗之標,而索高世之稱;體無道藝之本,而營朋黨之末。欲以收清貴於當世,播德音於將來,猶褰裳以越滄海,企佇而躍九玄。
新字:抱樸子曰:行無邈俗之標,而索高世之称;体無道芸之本,而営朋党之末。欲以収清貴於当世,播徳音於将来,猶褰裳以越滄海,企佇而躍九玄。
書き下し
抱朴子曰く、行いに邈俗の標無くして、高世の称を索め、体に道芸の本無くして、朋党の末を営む。以て清貴を当世に収め、徳音を将来に播かんと欲するは、猶お裳を褰げて以て滄海を越え、企佇して九玄に躍るがごとし。
現代語訳
抱朴子は言う。行いに俗を離れた目印がないのに、世に抜きん出たという名声を求め、身に道と技芸の根本がないのに、仲間づくりという枝葉に励む。そうして清く貴い評判を現世で得て、徳ある名を将来に広めようとするのは、裾をからげて大海を渡ろうとしたり、つま先立ちして九天に跳び上がろうとしたりするようなものである。
解説
「体に道芸の本無くして、朋党の末を営む」。実力という根本がないまま、人脈づくりという枝葉に走る者への批判です。名声を得たいという望みは、裳をからげて大海を渡る、あるいはつま先立ちで九天に跳ぶことにたとえられ、努力の方向が根本から外れていると言います。人脈や肩書きは、実績と技の裏づけがあって初めて生きます。名刺の数や付き合いの広さを自分の価値と取り違えていないか、専門性と成果の積み上げが先にあるかを、静かに確かめたい段です。
この章句が説くこと
体に道芸の本無くして朋党の末を営む裳を褰げて以て滄海を越え本末実力
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