抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:登玄圃者,悟丘阜之卑;浮溟海者,識池沼之褊。披九典乃覺墻面之篤蔽,聞至道乃知拘俗之多迷。
新字:抱樸子曰:登玄圃者,悟丘阜之卑;浮溟海者,識池沼之褊。披九典乃覚墻面之篤蔽,聞至道乃知拘俗之多迷。
書き下し
抱朴子曰く、玄圃に登る者は、丘阜の卑きを悟り、溟海に浮かぶ者は、池沼の褊きを識る。九典を披きて乃ち墻面の篤蔽を覚り、至道を聞きて乃ち拘俗の多迷を知る。
現代語訳
抱朴子は言う。玄圃に登る者は、丘や小山の低さを悟り、大海に浮かぶ者は、池や沼の狭さを知る。九典(古の典籍)を開いてはじめて壁に向かって立つような視野の閉ざされを覚り、至道を聞いてはじめて世俗に縛られた迷いの多さを知る。
解説
高い所に立って初めて低さが分かる、という段です。「玄圃に登る者は、丘阜の卑きを悟り」。崑崙の高みに登れば丘は低く、大海に出れば池は狭いと知る。同じく、古典を開いて初めて「墻面」、つまり壁に向かって立つような視野の狭さに気づき、至道を聞いて世俗に縛られた迷いの多さを知ります。自分の見識の狭さは、自分の内側からは気づけません。外の基準に触れて初めて測れるのです。社外の人や古典、他業界との接点を持つことの意味を、学ぶ動機として言い当てています。
この章句が説くこと
丘阜の卑きを悟り池沼の褊きを識る墻面の篤蔽を覚り視野学び
関連する章句
-
論語・学而篇子曰く、「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来たる有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。」
-
論語・泰伯篇子曰く、『学ぶこと及ばざるが如く、なおこれを失うことを恐る。』
-
論語・為政篇子曰く、学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し。
-
論語・里仁篇子曰わく、賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる。
-
論語・為政篇子曰く、「吾回と言うこと終日、違(たが)わざること愚かなるが如し。退きて其の私を省みれば、亦以て発するに足る、回や愚かならず。」
-
論語・憲問篇子曰く、『古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす。』
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る