抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:靈龜之甲,不必為戰施;麟角鳳爪,不必為鬥設。故雋生不釋劍於平世,擊柝不輟備於思危。
新字:抱樸子曰:霊亀之甲,不必為戦施;麟角鳳爪,不必為鬥設。故雋生不釈剣於平世,撃柝不輟備於思危。
書き下し
抱朴子曰く、霊亀の甲は、必ずしも戦の為に施さず、麟角・鳳爪は、必ずしも闘の為に設けず。故に雋生は剣を平世に釈かず、撃柝は危うきを思いて備えを輟めず。
現代語訳
抱朴子は言う。霊亀の甲羅は、必ずしも戦いのために施されたものではなく、麒麟の角や鳳凰の爪は、必ずしも闘うために設けられたものではない。だから雋生は太平の世でも剣を手放さず、拍子木を打つ夜番は危うさを思って備えを止めない。
解説
備えの段です。亀の甲や麟の角、鳳の爪は戦うために付いたものではないが、それでも備わっています。「雋生は剣を平世に釈かず」、世が平らかでも剣を置かず、夜番は危うさを思って備えを止めません。装備は使うためだけでなく、使わずに済む状態を保つためにもあります。バックアップや権限管理、事業継続の計画のように、何も起きていないときに手間だけが目立つ備えは、予算会議で削られがちです。平時の無事そのものが備えの成果だという見方を、経営の場で共有しておく必要があります。
この章句が説くこと
剣を平世に釈かず危うきを思いて備えを輟めず必ずしも闘の為に設けず備え危機
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