抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:桑林郁藹,無補柏木之淒冽;膏壤帶郭,無解黔敖之蒙袂。然繭纊綈紈,引之自出,千倉萬箱,於是乎生。故識遠者貴本,見近者務末。
新字:抱樸子曰:桑林郁藹,無補柏木之淒冽;膏壤帯郭,無解黔敖之蒙袂。然繭纊綈紈,引之自出,千倉万箱,於是乎生。故識遠者貴本,見近者務末。
書き下し
抱朴子曰く、桑林は郁藹たるも、柏木の淒冽を補う無く、膏壌は郭を帯ぶるも、黔敖の蒙袂を解く無し。然れども繭纊綈紈は、引けば自ら出で、千倉万箱は、是に於いて生ず。故に識遠き者は本を貴び、見近き者は末に務む。
現代語訳
抱朴子は言う。桑の林が茂っていても、柏の木の凍える寒さを補うことはなく、肥えた土地が城郭を帯びていても、黔敖の前で袖で顔を覆って飢えた者を解くことはない。しかし、繭や綿や絹織物は、手繰れば自然に出てきて、千の倉と万の箱は、ここから生まれる。だから見識の遠い者は根本を貴び、見るところの近い者は末端に努める。
解説
桑林は茂っていても凍える柏の寒さは和らげず、肥えた土地があっても飢えた人は救えない。しかし、桑から繭や絹が手繰り出され、千の倉に満ちる。目の前の窮状と、その先の仕組みの両方を並べ、「識遠き者は本を貴び、見近き者は末に務む」と結びます。短期の救済と根本の整備の優先を語る句です。現場では、目先の火消しに追われて仕組みづくりを後回しにすると、同じ問題が繰り返される。本と末のどちらにいま時間を使っているかを、定期的に点検する価値があります。
この章句が説くこと
桑林は郁藹たるも識遠き者は本を貴び見近き者は末に務む根本仕組み
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