抱朴子外篇 / 守塉
潛居先生曰:「夫聵者不可督之以分雅鄭,瞽者不可責之以別丹漆,井蛙不可語以滄海,庸俗不可說以經術。吾子茍知老農之小功,未喻面墻之巨拙,何異拾瑣沙而捐隋和,向炯燭而背白日也。夫好尚不可以一概杚,趨舍不可以彼我易也。夫欲隮閬風陟嵩華者,必不留行於丘垤;意在乎遊南溟,泛滄滄海者,豈暇逍遙於潢洿。是以註清聽於九韶者,巴人之聲不能悅其耳;烹大牢饗方丈者,荼蓼之味不能甘其口。鹍鵬戾赤霄以高翔,鹡鸰傲蓬林以鼓翼,洿隆殊途,亦飛之極。晦朔甚促,朝菌不識。蜉蝣忽忽於寸陰,野馬六月而後息,鯈鮒泛濫以暴鱗,靈虬勿用乎不測,行業乖舛,意何可得。余雖草梨餐之不充,而足於鼎食矣。
新字:潜居先生曰:「夫聵者不可督之以分雅鄭,瞽者不可責之以別丹漆,井蛙不可語以滄海,庸俗不可説以経術。吾子苟知老農之小功,未喩面墻之巨拙,何異拾瑣沙而捐隋和,向炯燭而背白日也。夫好尚不可以一概杚,趨舎不可以彼我易也。夫欲隮閬風陟嵩華者,必不留行於丘垤;意在乎遊南溟,泛滄滄海者,豈暇逍遥於潢洿。是以註清聴於九韶者,巴人之声不能悦其耳;烹大牢饗方丈者,荼蓼之味不能甘其口。鹍鵬戻赤霄以高翔,鹡鸰傲蓬林以鼓翼,洿隆殊途,亦飛之極。晦朔甚促,朝菌不識。蜉蝣忽忽於寸陰,野馬六月而後息,鯈鮒泛濫以暴鱗,霊虬勿用乎不測,行業乖舛,意何可得。余雖草梨餐之不充,而足於鼎食矣。
書き下し
潜居先生曰く、「夫れ聵者は之を督して雅鄭を分かたしむ可からず、瞽者は之を責めて丹漆を別たしむ可からず、井蛙は語るに滄海を以てす可からず、庸俗は説くに経術を以てす可からず。吾子は茍くも老農の小功を知るも、未だ面墻の巨拙を喩らず、何ぞ瑣沙を拾いて隋和を捐て、炯燭に向かいて白日に背くに異ならんや。夫れ好尚は一概を以て杖す可からず、趨舎は彼我を以て易う可からず。夫れ閬風に隮り嵩華に陟らんと欲する者は、必ず丘垤に行を留めず、意の南溟に遊び滄海に泛かぶに在る者は、豈に潢洿に逍遥するに暇あらんや。是を以て九韶に清聴を注ぐ者は、巴人の声も其の耳を悦ばす能わず、大牢を烹て方丈に饗する者は、荼蓼の味も其の口に甘き能わず。鵾鵬は赤霄を戻りて以て高翔し、鶺鴒は蓬林に傲りて翼を鼓つ、洿隆は途を殊にするも、亦た飛ぶの極なり。晦朔は甚だ促く、朝菌は識らず。蜉蝣は寸陰に忽忽とし、野馬は六月にして後に息み、鯈鮒は泛濫して以て鱗を暴し、霊虬は不測に用うる勿し。行業乖舛す、意何ぞ得可けん。余は草梨の餐は充たざると雖も、鼎食に足れり。
現代語訳
潜居先生は言う。「耳の聞こえない者に雅楽と鄭の俗楽を聞き分けさせてはならず、目の見えない者に朱と漆の色を見分けさせてはならない。井戸の蛙に大海を語ってはならず、凡俗に経術を説いてはならない。あなたはかりそめに老農の小さな功を知っていても、壁に向かって立つような大きな拙さをまだ悟っていない。小さな砂をひろって隋侯の珠と和氏の璧を捨て、明るい灯火に向かって白日に背を向けるのと何が違うだろうか。そもそも好みは一律の基準で決めてはならず、進退の選びは彼我を入れ替えて決めてはならない。閬風に登り嵩山や華山に登ろうとする者は、必ず小さな丘に足を止めず、南の大海に遊び大海に漂うことを志す者が、どうして濁った水たまりでのんびり過ごすことがあろう。だから九韶の楽に清く耳を注ぐ者は、巴の俗な声では耳を悦ばせることができず、大牢を煮て方丈に饗する者は、苦菜や蓼の味では口に甘く感じない。鵾鵬は赤い空を駆けて高く翔け、鶺鴒は蓬の林に誇って羽ばたく。低い所と高い所は道を異にするが、それぞれ飛ぶことの極みである。晦と朔は短すぎて朝菌は知らず、蜉蝣はわずかな時をあわただしく過ごし、野馬は六月たってから息み、小魚は水があふれて鱗をさらし、霊虬は測りがたい所には用いない。行いと業は食い違い、どうして思いが通じようか。私は粗末な食事で満ち足りてはいなくても、鼎に盛った食事のぜいたくには足りている。
解説
この章句が説くこと
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