抱朴子外篇 / 吳失
其接士也,無葭莩之薄;其自奉也,有盡理之厚。或有不開律令之篇卷,而竊大理之位;不識幾案之所置,而處機要之職;不知五經之名目,而饗儒官之祿;不閑尺紙之寒暑,而坐著作之地。筆不狂簡,而受駁議之榮;低眉垂翼,而充奏劾之選;不辯人物之精粗,而委以品藻之政;不知三才之軍勢,而軒昂節蓋之下;屢為奔北之辱將,而不失前鋒之顯號;不別菠麥之同異,而忝叨顧問之近任。夫魚質龍文,似是而非,遭水而喜,見獺即悲,雖臨之以斧鋮之威,誘之以傾城之寶,猶不能奪鉛鋒於犀兕,聘駑蹇以追風,非不忌重誅也,非不悅美賞也,體不可力,無自奈何,而欲與之輯熙百揆,弘濟大務,猶托萬鈞於尺舟之上,求千鍾於升合之中,紲芻狗而責盧鵲之效,構雞駑而崇鷹揚之功,其不可用,亦較然矣!
新字:其接士也,無葭莩之薄;其自奉也,有尽理之厚。或有不開律令之篇巻,而窃大理之位;不識幾案之所置,而処機要之職;不知五経之名目,而饗儒官之禄;不閑尺紙之寒暑,而坐著作之地。筆不狂簡,而受駁議之栄;低眉垂翼,而充奏劾之選;不弁人物之精粗,而委以品藻之政;不知三才之軍勢,而軒昂節蓋之下;屡為奔北之辱将,而不失前鋒之顕号;不別菠麦之同異,而忝叨顧問之近任。夫魚質竜文,似是而非,遭水而喜,見獺即悲,雖臨之以斧鋮之威,誘之以傾城之宝,猶不能奪鉛鋒於犀兕,聘駑蹇以追風,非不忌重誅也,非不悦美賞也,体不可力,無自奈何,而欲与之輯熙百揆,弘済大務,猶托万鈞於尺舟之上,求千鍾於升合之中,紲芻狗而責盧鵲之効,構鶏駑而崇鷹揚之功,其不可用,亦較然矣!
書き下し
其の士に接するや、葭莩の薄きも無く、其の自ら奉ずるや、理を尽くすの厚き有り。或いは律令の篇巻を開かずして、大理の位を窃み、几案の置かるる所を識らずして、機要の職に処り、五経の名目を知らずして、儒官の禄を饗け、尺紙の寒暑に閑わずして、著作の地に坐す。筆は狂簡ならずして、駁議の栄を受け、眉を低れ翼を垂れて、奏劾の選に充たり、人物の精粗を弁ぜずして、委ぬるに品藻の政を以てし、三才の軍勢を知らずして、節蓋の下に軒昂す。屢ば奔北の辱将と為るも、前鋒の顕号を失わず、菠麦の同異を別たずして、顧問の近任を忝叨す。夫れ魚質龍文は、是に似て非なり、水に遭えば喜び、獺を見れば即ち悲しむ。之に臨むに斧鋮の威を以てし、之を誘うに傾城の宝を以てすと雖も、猶お鉛鋒を犀兕より奪う能わず、駑蹇を聘して以て追風せしむ。重誅を忌まざるに非ず、美賞を悦ばざるに非ず、体は力む可からず、自ら奈何ともする無し。而るに之と百揆を輯熙し、大務を弘済せんと欲するは、猶お万鈞を尺舟の上に托し、千鍾を升合の中に求め、芻狗を紲ぎて盧鵲の効を責め、雞駑を構えて鷹揚の功を崇ぶがごとし。其の用う可からざること、亦た較然たり。
現代語訳
士に接するときは、葭の薄皮ほどの情けもなく、自分を養うときは、理を尽くした手厚さがある。ある者は律令の巻を開かずに大理の位を盗み、机の置き場所も知らないのに枢要の職に就き、五経の名目さえ知らないのに儒官の禄を受け、尺紙の寒暑の挨拶にも通じないのに著作の席に座る。筆は奔放でもないのに反駁の議論の栄誉を受け、眉を低くし翼を垂れて、奏上弾劾の選に当たり、人物の精粗を見分けないのに品定めの政務を任され、三才の軍勢を知らないのに旗や車蓋の下で意気揚々としている。しばしば敗走して辱めを受けた将であっても、前鋒の名誉の号は失わず、菠と麦の違いも分からないのに、顧問の近臣の任をかたじけなくしている。魚の質に龍の模様がついたもので、似ていて非なるものである。水に遭えば喜び、獺を見ればたちまち悲しむ。斧鉞の威で臨み、傾城の宝で誘ったとしても、鉛の刃を犀や兕の皮より鋭くすることはできず、鈍い駄馬を召して風を追わせることもできない。重い誅罰を恐れないからではなく、美しい賞を喜ばないからでもなく、体質は力ではどうにもならず、どうすることもできないのである。それなのにこうした者と百官を和し整え、大きな政務を成そうとするのは、万鈞の重さを尺ばかりの舟に載せ、千鍾の穀物を升合の器に求め、わら犬をつないで盧鵲の働きを責め、雞や駑馬を組んで鷹の飛翔の功を崇めるようなものである。その用いることができないことは、明らかである。
解説
この章句が説くこと
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