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抱朴子外篇 / 鈞世

「故新劍以詐刻加價,弊方以偽題見寶也。是以古書雖質樸,而俗儒謂之墮於天也;今文雖金玉,而常人同之於瓦礫也。古書者雖多,未必盡美,要當以為學者之山淵,使屬筆者,得辨伐漁獵其中。然而譬如東甌之木,長洲之林,梓豫雖多,而未可謂之為大廈之壯觀,華屋之弘麗也;雲夢之澤,孟諸之藪,魚肉之雖饒,而未可謂之為煎火敖之盛膳,渝狄之嘉味也。今詩與古詩,俱有義理,而盈於差美。

新字:「故新剣以詐刻加価,弊方以偽題見宝也。是以古書雖質樸,而俗儒謂之堕於天也;今文雖金玉,而常人同之於瓦礫也。古書者雖多,未必尽美,要当以為学者之山淵,使属筆者,得弁伐漁猟其中。然而譬如東甌之木,長洲之林,梓予雖多,而未可謂之為大廈之壮観,華屋之弘麗也;雲夢之沢,孟諸之藪,魚肉之雖饒,而未可謂之為煎火敖之盛膳,渝狄之嘉味也。今詩与古詩,倶有義理,而盈於差美。

書き下し

「故に新剣は詐りて刻めば価を加え、弊方は偽りて題すれば宝とせらる。是を以て古書は質樸なりと雖も、俗儒は之を天より墮つと謂い、今文は金玉なりと雖も、常人は之を瓦礫に同じくす。古書は多しと雖も、未だ必ずしも尽くは美ならず、要は当に以て学者の山淵と為し、筆を属する者をして、其の中に辨伐漁猟するを得しむべし。然れども譬えば東甌の木、長洲の林は、梓豫多しと雖も、未だ之を大廈の壮観、華屋の弘麗と謂う可からず。雲夢の沢、孟諸の藪は、魚肉饒かなりと雖も、未だ之を煎火敖の盛膳、渝狄の嘉味と謂う可からず。今の詩と古の詩とは、倶に義理有りて、差美なるに盈つ。

現代語訳

「だから新しい剣も偽って銘を刻めば値が上がり、古びた処方も偽って題を付ければ宝とされる。こうして古書は質朴であっても、俗儒はこれを天から降ったものと言い、今の文は金玉のようであっても、凡人は瓦礫と同じに見る。古書は多いが、必ずしもすべて美しいわけではない。要は、学ぶ者にとっての山や淵、つまり素材の宝庫とし、筆を執る者にそのなかで切り出し採り取らせるべきものである。しかしたとえば東甌の木、長洲の林は、梓や豫章が多くても、これを大きな家の壮観、立派な屋敷の豊かな美しさとは言えない。雲夢の沢、孟諸の藪は、魚や肉が豊かでも、これを煮たり焼いたりした盛んな料理、渝狄の珍味とは言えない。今の詩と古の詩は、どちらにも道理があり、今のほうがやや美しさに満ちている。

解説

「新剣は詐りて刻めば価を加え、弊方は偽りて題すれば宝とせらる」。偽りの銘を刻んだ剣や、古い名を冠した処方が高く扱われるように、古いという名札だけで値が付くと言います。古書は学者にとっての「山淵」、つまり材料の宝庫としては役立つ。ただし木が多いから立派な家になるわけではなく、魚肉が豊かだからうまい料理になるわけでもない、と続きます。素材の量と出来上がりの質は別です。社内の過去資料やノウハウ集も、蓄積があることと成果になることの間に、使う側の仕事があります。

この章句が説くこと

新剣は詐りて刻めば価を加え古書は多しと雖も学者の山淵と為し未だ之を大廈の壮観素材権威

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