抱朴子外篇 / 接疏
抱樸子曰:以英逸而遭大明,則桑蔭未移,而金蘭之協已固矣;以長才而遇深識,則不待歷試,而相知之情已審矣。飄乎猶起鴻之乘勁風,翩乎若勝鱗之躡驚雲也。若以沈抑而可忽乎,則姜公不用於周矣;若以疏賤而可距乎,則毛生不貴乎趙矣;若積素行乃托政,則寧戚不顯於齊矣;若貴宿名而委任,則陳韓不錄於漢矣。明者舉大略細,不忮不求,故能取威定功,成天平地,豈肯稱薪而爨,數粒乃炊,並瑕棄譬,披毛索厭黑哉!
新字:抱樸子曰:以英逸而遭大明,則桑蔭未移,而金蘭之協已固矣;以長才而遇深識,則不待歴試,而相知之情已審矣。飄乎猶起鴻之乗勁風,翩乎若勝鱗之躡驚雲也。若以沈抑而可忽乎,則姜公不用於周矣;若以疏賤而可距乎,則毛生不貴乎趙矣;若積素行乃托政,則寧戚不顕於斉矣;若貴宿名而委任,則陳韓不録於漢矣。明者舉大略細,不忮不求,故能取威定功,成天平地,豈肯称薪而爨,数粒乃炊,並瑕棄譬,披毛索厭黒哉!
書き下し
抱朴子曰く、英逸の者が大明に遭えば、桑蔭未だ移らずして、金蘭の協已に固し。長才の者が深識に遇えば、歴試を待たずして、相知るの情已に審らかなり。飄乎として起てる鴻の勁風に乗るが猶く、翩乎として勝てる鱗の驚雲を躡むが若し。若し沈抑を以て忽にす可しとせば、則ち姜公は周に用いられず。若し疏賤を以て距ぐ可しとせば、則ち毛生は趙に貴ばれず。若し素行を積みて乃ち政を托せば、則ち寧戚は斉に顕れず。若し宿名を貴びて委任せば、則ち陳韓は漢に録されず。明者は大を挙げ細を略し、忮わず求めず、故に能く威を取り功を定め、天を成し地を平らぐ。豈に肯えて薪を称りて爨ぎ、粒を数えて乃ち炊ぎ、瑕を並せて璧を棄て、毛を披きて厭黒を索めんや。
現代語訳
抱朴子は言う。傑出した人物が賢明な君主に出会えば、桑の木陰が移らないうちに、金蘭の契りはもう固まる。優れた才のある人が深い見識の持ち主に会えば、試みを重ねるまでもなく、互いを知る気持ちはすでにはっきりする。それは舞い上がった鴻が強い風に乗るようであり、勢いづいた魚が驚くほどの雲を踏んで進むようである。もし、沈み抑えられている者だからと軽んじてよいのなら、太公望は周に用いられなかっただろう。もし、疎遠で身分が低いからと退けてよいのなら、毛生は趙で重んじられなかっただろう。もし、日ごろの行いを積んでからはじめて政を任せるのなら、寧戚は斉で世に出なかっただろう。もし、古くからの名声を貴んで任せるのなら、陳平や韓信は漢に録されなかっただろう。明らかな見識の者は大きなところを取り細かいところを略し、人を妬まず求めすぎず、だからこそ威を取り功を定め、天を成し地を平らげることができる。どうして薪を量ってから炊き、米粒を数えてから炊くようなことをし、小さな傷のために玉を捨て、毛をかき分けて黒いしみを探したりするだろうか。
解説
この章句が説くこと
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