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抱朴子外篇 / 清鑒

「夫亡射之箭,皆破秋毫。然準的恒不得為工。叔向之母,申氏之子,非不一得,然不能常也。陶唐稽古而失任,姬公欽明而謬授。尼父遠得崇替於未兆,近失淡臺於形骸。延州審清濁於千載之外,而蔽奇士於咫尺之內。知人之難,如此其甚。郭泰所論,皆為此人過上聖乎?但其所得者,顯而易識;其所失者,人不能紀。「且夫所貴,貴乎見俊才於無名之中,料逸足乎吳阪之間,掇懷珠之蚌於九淵之底,指含光之珍於積石之中。若伯喈識絕音之器於煙燼之余,平子剔逸響之竹於未用之前。六軍之聚,市人之會,暫觀一睹,無所眩惑,探其潛生之心計,定其始終之事行,乃為獨見不傳之妙耳。若如未論,必俟考其操蹈之全毀,觀其雲為之好醜,此為絲線既銓衡,布帛已歷於丈尺,徐乃說其斤兩之輕重,端匹之修短,人皆能之,何煩於明哲哉!」

新字:「夫亡射之箭,皆破秋毫。然準的恒不得為工。叔向之母,申氏之子,非不一得,然不能常也。陶唐稽古而失任,姫公欽明而謬授。尼父遠得崇替於未兆,近失淡台於形骸。延州審清濁於千載之外,而蔽奇士於咫尺之内。知人之難,如此其甚。郭泰所論,皆為此人過上聖乎?但其所得者,顕而易識;其所失者,人不能紀。「且夫所貴,貴乎見俊才於無名之中,料逸足乎呉阪之間,掇懐珠之蚌於九淵之底,指含光之珍於積石之中。若伯喈識絶音之器於煙燼之余,平子剔逸響之竹於未用之前。六軍之聚,市人之会,暫観一睹,無所眩惑,探其潜生之心計,定其始終之事行,乃為独見不伝之妙耳。若如未論,必俟考其操蹈之全毀,観其雲為之好醜,此為糸線既銓衡,布帛已歴於丈尺,徐乃説其斤両之軽重,端匹之修短,人皆能之,何煩於明哲哉!」

書き下し

「夫れ射る亡きの箭は、皆秋毫を破る。然れども準的は恒に工と為すを得ず。叔向の母、申氏の子は、一得無きに非ざるも、然れども常には能わざるなり。陶唐は古を稽えて任を失い、姫公は欽明にして授くるを謬る。尼父は遠くは崇替を未兆に得れども、近くは澹台を形骸に失う。延州は清濁を千載の外に審らかにして、奇士を咫尺の内に蔽う。人を知るの難きこと、此くの如く其れ甚だし。郭泰の論ずる所、皆為に此の人は上聖に過ぐるか。但だ其の得る所の者は、顕にして識り易く、其の失う所の者は、人紀す能わず。「且つ夫れ貴ぶ所は、俊才を無名の中に見、逸足を呉阪の間に料り、懐珠の蚌を九淵の底に掇り、含光の珍を積石の中に指すを貴ぶ。伯喈の絶音の器を煙燼の余に識り、平子の逸響の竹を未だ用いざるの前に剔るが若き、六軍の聚、市人の会に、暫く観て一たび睹、眩惑する所無く、其の潜生の心計を探り、其の始終の事行を定むるは、乃ち独見不伝の妙たるのみ。末論の如きは、必ず其の操蹈の全毀を考え、其の雲為の好醜を観るを俟つ。此れ絲線既に銓衡し、布帛已に丈尺を歴て、徐ろに乃ち其の斤両の軽重、端匹の修短を説くがごとし。人皆之を能くす、何ぞ明哲を煩わさん」と。

現代語訳

「そもそも的を定めずに放つ矢は、どれも細い毛を射抜く。しかしそれでは的に当てる名人とは認められない。叔向の母や申氏の子は、一度は当てたことがないわけではないが、常にできたわけではない。堯は古を考えて任用を誤り、周公は敬い明らかでありながら授ける相手を誤った。孔子は遠く国の興廃を兆しのうちに見抜いたが、近くでは澹台滅明を容貌のために見誤った。延陵の季札は千年の彼方の清濁を見極めたが、身近にいた奇士を見落とした。人を知ることの難しさは、これほどである。郭泰の論じたところは、すべてこの人が最上の聖人を超えているというのだろうか。ただ当たったものは目立ち見分けやすく、外れたものは誰も記録できないだけだ。さらに貴ぶべきは、無名の中に俊才を見出し、呉の坂道の間にあっても逸足を見抜き、九重の淵の底から珠を抱く蚌を拾い、積み石の中の光を含む宝を指し示すことである。蔡邕が焼け残りの木に絶妙な音の琴を見抜き、張衡が使われる前の竹に優れた響きの笛を見抜いたようなこと、そして六軍の集まりや市の人混みでもしばし一目見ただけで惑わされず、その潜む心の計らいを探り、始めから終わりまでの行いを見定めること、これこそ独り見て伝えられない妙である。末の論のように、必ずその操行の全体が明らかになり、言動の良し悪しを見てからというのは、糸をすでに量り、布をすでに丈尺で測ったあとで、ゆっくり目方の軽重や反物の長短を説くようなものだ。誰にでもできることで、明哲を煩わす必要があろうか」。

解説

答えの後半は、人を見抜くことの価値を定義し直します。結果が出てから「あの人は良かった」と言うのは「絲線既に銓衡し、布帛已に丈尺を歴て」から重さを説くようなもので、誰にでもできる。本当に貴いのは、無名のうちに才を見つけることだと言います。聖人でさえ誤った例を挙げ、郭泰の当たりも「顕にして識り易き」ものだけが記録に残っただけだと切り返すのも鋭い点です。実績が出た人を重用するのは安全ですが、それは目利きではなく追認です。次の候補を育てる段階で、まだ成果のない人の何を材料に判断するのか。その基準を自分の中で言葉にしておくと、登用の質が見えてきます。

この章句が説くこと

人を知るの難きこと此くの如く其れ甚だし其の失う所の者は俊才を無名の中に見目利き実績

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