抱朴子外篇 / 交際
「單弦不能發《韶》《夏》之和音,孑色不能成兗龍之瑋燁,一味不能合伊鼎之甘,獨木不能致鄧林之茂。玄圃極天,蓋由眾石之積。南溟浩瀁,實須群流之赴。明鏡舉則傾冠見矣,羲和照則曲影覺矣,櫽括修則枉刺之疾消矣,良友結則輔仁之道弘矣。達者知其然也,所企及則必簡乎勝己,所降結則必料乎同誌。其處也則講道進德,其出也則齊心比翼。否則鈞魚釣之業,泰則協經世之務。安則有以精義,危則有以相恤。恥令譚肯專面地之篤,不使王貢擅彈冠之美。夫然,故交道可貴也。
新字:「単弦不能発《韶》《夏》之和音,孑色不能成兗竜之瑋燁,一味不能合伊鼎之甘,独木不能致鄧林之茂。玄圃極天,蓋由衆石之積。南溟浩瀁,実須群流之赴。明鏡舉則傾冠見矣,羲和照則曲影覚矣,櫽括修則枉刺之疾消矣,良友結則輔仁之道弘矣。達者知其然也,所企及則必簡乎勝己,所降結則必料乎同誌。其処也則講道進徳,其出也則斉心比翼。否則鈞魚釣之業,泰則協経世之務。安則有以精義,危則有以相恤。恥令譚肯専面地之篤,不使王貢擅弾冠之美。夫然,故交道可貴也。
書き下し
「単弦は韶・夏の和音を発する能わず、孑色は兗龍の瑋燁を成す能わず、一味は伊鼎の甘に合う能わず、独木は鄧林の茂を致す能わず。玄圃の天に極まるは、蓋し衆石の積むに由る。南溟の浩瀁たるは、実に群流の赴くを須つ。明鏡挙がれば則ち傾ける冠見え、羲和照らせば則ち曲がれる影覚り、櫽括修まれば則ち枉刺の疾消え、良友結ばれば則ち輔仁の道弘まる。達者は其の然るを知るや、企及する所は則ち必ず勝己に簡び、降結する所は則ち必ず同志を料る。其の処るや則ち道を講じ徳に進み、其の出ずるや則ち心を斉しくし翼を比ぶ。否なれば則ち魚釣の業を鈞しくし、泰なれば則ち経世の務めに協う。安んずれば則ち以て義を精しくする有り、危うければ則ち以て相い恤う有り。譚肯をして面地の篤きを専らにせしむるを恥じ、王貢をして弾冠の美を擅にせしめず。夫れ然り、故に交わりの道は貴ぶ可きなり。
現代語訳
「一本の弦では韶や夏の和らかな音は出せず、一色では兗龍の美しい輝きは作れず、一つの味では伊尹の鼎の甘さには合わず、一本の木では鄧林の茂りは生まれない。玄圃が天に極まる高さであるのは、多くの石の積み重なりによる。南の海が広大なのは、まことに多くの流れが注ぐのを待ってのことだ。明るい鏡を挙げれば傾いた冠が見え、羲和の太陽が照らせば曲がった影に気づき、矯め木が整えば曲がりやとげの病は消え、良い友が結ばれれば仁を助ける道は広がる。達した人はそうであることを知っているので、近づこうと望む相手は必ず自分より優れた者の中から選び、身を低くして結ぶ相手は必ず志を同じくする者をよく量る。その居るときは道を講じ徳に進み、出て行くときは心を一つにして翼を並べる。行き詰まれば魚釣りのような仕事を等しくし、泰平なら世を治める務めに力を合わせる。安らかなときは義を精しく考え、危ういときは互いに思いやる。譚肯だけに面と向かった篤さを専有させることを恥じ、王吉と貢禹だけに冠の塵をはらって仕官を待つ美を独占させはしない。こうだから、交わりの道は貴いのである。
解説
この章句が説くこと
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