抱朴子外篇 / 任命
「士能為可貴之行,而不能使俗必貴之也;能為可用之才,而不能使世必用之也。被褐茹草罝兔,則心歡意得,如將終身,服冕乘軺,兼朱重紫,則若固有之。常如布衣,此至人之用懷也。若席上之珍不積,環堵之操不粹者,予之罪也。知之者希,名位不臻,以玉為石,謂鳳曰鷃者,非余罪也。夫汲汲於見知,悒悒於否滯者,裳民之情也;浩然而養氣,淡爾而靡欲者,無悶之誌也。時至道行,器大者不悅;天地之間,知命者不憂。若乃徇萬金之貨,以索百十之售,多失骨幹毛,我則未暇矣。」
新字:「士能為可貴之行,而不能使俗必貴之也;能為可用之才,而不能使世必用之也。被褐茹草罝兔,則心歓意得,如将終身,服冕乗軺,兼朱重紫,則若固有之。常如布衣,此至人之用懐也。若席上之珍不積,環堵之操不粋者,予之罪也。知之者希,名位不臻,以玉為石,謂鳳曰鷃者,非余罪也。夫汲汲於見知,悒悒於否滞者,裳民之情也;浩然而養気,淡爾而靡欲者,無悶之誌也。時至道行,器大者不悦;天地之間,知命者不憂。若乃徇万金之貨,以索百十之售,多失骨幹毛,我則未暇矣。」
書き下し
「士は能く貴ぶ可きの行いを為せども、俗をして必ず之を貴ばしむる能わず。能く用う可きの才と為れども、世をして必ず之を用いしむる能わず。褐を被て草を茹い兎を罝すれば、則ち心歓び意得て、将に身を終えんとするが如く、冕を服し軺に乗り、朱を兼ね紫を重ぬれば、則ち固より有するが若し。常に布衣の如くなるは、此れ至人の懐を用うるなり。席上の珍積まず、環堵の操粋ならざるが若きは、予の罪なり。之を知る者希にして、名位の臻らず、玉を以て石と為し、鳳を謂いて鷃と曰う者は、余の罪に非ざるなり。夫れ見知を汲汲とし、否滞を悒悒とするは、裳民の情なり。浩然として気を養い、淡爾として欲靡きは、悶うる無きの志なり。時至り道行わるれば、器の大なる者は悦ばず。天地の間、命を知る者は憂えず。若し乃ち万金の貨に徇いて、以て百十の售を索めば、多く失い幹毛を乾かさん。我は則ち未だ暇あらざるなり」と。
現代語訳
「士は貴ばれるべき行いをすることはできるが、世俗にそれを必ず貴ばせることはできない。用いるに足る才となることはできるが、世に必ず用いさせることはできない。粗末な衣を着て草を食べ兎罠をかけていても、心は喜び満足して、生涯そうして終えるかのようであり、冕冠をつけ軺車に乗り、朱と紫の印綬を重ねても、もとからそうであったかのようである。いつも平民のようにしているのは、至人の心の用い方である。席上の珍しい宝を積まず、狭い室の操が純粋でないというのなら、私の罪である。しかし知る者が稀で、名位が届かず、玉を石とし、鳳を鷃と呼ぶのは、私の罪ではない。見出されることにあくせくし、行き詰まりに憂え悶えるのは、凡民の心である。浩然として気を養い、淡く欲を持たないのは、悶えない志である。時が至って道が行われても、器の大きな者は喜ばない。天地の間で、命を知る者は憂えない。もし万金の品に従って、それを百十の売り先に求めるなら、多くを失って骨や毛を乾かすだろう。私にはそんなことをしている暇はない」と。
解説
この章句が説くこと
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『新論』守禦其の三に曰く、邦国を富ます。天下の人牧、率ね皆怠傲驕奢、誅求常無く、財を用ふるに制無く、以て自ら貧困を致す。是れ皆其の宮掖婦人の手に長じ、生まれながらにして則ち逸し、目には唯だ令色、耳には唯だ巧言のみにして、未だ嘗て艱難を知らざるに由るなり。今列国各々封疆を守り、大小相維ぎ、以て国家に藩屏たり。勢ひ百足の虫の如く、以て土崩の患を免るるに足る。如し能く因りて勧勉激励し、分かつに天下の憂を以てし、責むるに方面の任を以てし、之をして戒勅繕修すること常に虜兵と塁を対するが如くならしめ、而して時に其の勤惰を視察して、以て黜陟を行ひ、軽重に権有りて、拘るに常格を以てせず、要は邦国をして尽く憂恤する所を知らしめ、乃ち之をして亦た士風を興し、奢靡を禁じ、百姓を安んじ、賢才を挙げしめ、而して節するに制度を以てし、財を傷らず、民を害せずんば、其の国豈に富み且つ強からざること有らんや。
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国語・斉語正月の朝、五属の大夫事を復す。桓公是の功寡(すく)なき者を択びて之を謫(せ)めて曰く、「地を制し民を分かつこと一の如し。何の故に独り功寡なき。教え善からざれば則ち政治まらず。一再は則ち宥(ゆる)し、三たびは則ち赦さず」と。桓公又親ら焉に問いて曰く、「子の属に於いて、居処義を為し学を好み、父母に慈孝、聡慧質仁にして、郷里に発聞する者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を明を蔽うと謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。桓公又焉に問いて曰く、「子の属に於いて、拳勇股肱の力の衆に秀出する者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を賢を蔽うと謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。桓公又焉に問いて曰く、「子の属に於いて、父母に慈孝ならず、郷里に長悌ならず、驕躁淫暴にして、上の令を用いざる者有らば、有れば則ち以て告げよ。有りて以て告げずんば、之を下比と謂い、其の罪五」と。有司已に事において竣う。五属の大夫是に於いて退きて属を修め、属退きて県を修め、県退きて郷を修め、郷退きて卒を修め、卒退きて邑を修め、邑退きて家を修む。是の故に匹夫に善有らば、得て挙ぐべきなり。匹夫に不善有らば、得て誅すべきなり。政既に成れり。以て守れば則ち固く、以て征すれば則ち彊し。
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『塩鉄論』雜論篇異なるかな吾が聞く所。周・秦は粲然として、皆な天下を有ちて南面す。然れども安危長久、世を殊にす。始め汝南の朱子伯、予が為に言う。此の時に當たりて、豪俊並び進み、四方輻湊す。賢良茂陵の唐生、文學魯國の萬生の倫、六十餘人、咸な闕庭に聚まり、六藝の風を舒べ、太平の原を論ず。智者は其の慮りを贊け、仁者は其の施しを明らかにし、勇者は其の斷を見し、辯者は其の詞を陳ぶ。誾誾焉たり、侃侃焉たり。未だ詳備なる能わずと雖も、斯れ略ぼ觀る可し。然れども雲霧に蔽われ、終に廢れて行われず。悲しいかな。公卿は武に任ずるの以て地を辟く可きを知りて、德を廣むるの以て遠きを附く可きを知らず。權利の以て用を廣む可きを知りて、稼穡の以て國を富ます可きを知らざるなり。近き者親附し、遠き者德に說ばば、則ち何をか為して成らず、何をか求めて得ざらん。斯の路に出でずして、利を畜え威を長ずるを務むるは、豈に謬らずや。中山の劉子雍は王道を言い、當世を矯め、諸を正に復す。務めは本に反るに在り。直にして僥らず、切にして〔一字を欠く〕ず。斌斌然たり。斯れ弘博の君子と謂う可し。九江の祝生は由・路の意を奮い、史魚の節を推し、憤懣を發し、公卿を刺譏す。介然として直くして撓まず、強禦を畏れずと謂う可し。桑大夫は當世に據り、時變に合わせ、道術を推し、權利を尚び、略を辟きて小辯す。正法に非ずと雖も、然れども巨儒宿學も恧然として、自ら解く能わず。博物通士と謂う可し。然れども卿相の位を攝りて、準繩を引かず、道を以て下を化せず、利末に放り、始古を師とせず。易に曰く、「焚くが如く棄つるが如し」と。位に非ざるに處り、道に非ざるを行い、果たして其の性を隕とし、以て厥の宗に及ぶ。車丞相は周・呂の列に即き、軸に當たり中に處るも、囊を括りて言わず、身を容れて去る。彼れなるかな、彼れなるかな。夫の群丞相・御史の若きは、正議して以て宰相を輔くる能わず、同類を成し、同行を長じ、意に阿り茍合して、以て其の上を說ばす。斗筲の人、道諛の徒、何ぞ算うるに足らんや。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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