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抱朴子外篇 / 擢才

抱樸子曰:華章藻蔚,非矇瞍所玩;英逸之才,非淺短所識。夫瞻視不能接物,則兗龍與素褐同價矣;聰鑒不足相涉,則俊民與庸夫一概矣。眼不見,則美不入神焉;莫之與,則傷之者至焉。且夫愛憎好惡,古今不均,時移俗易,物同價異。譬之夏後之璜,曩直連城,鬻之於今,賤於銅鐵。故昔以隱居求誌為高士,今以山林之儒為不肖。故聖世之良榦,乃暗俗之罪人也;往者之介潔,乃末葉之羸劣也。

新字:抱樸子曰:華章藻蔚,非矇瞍所玩;英逸之才,非浅短所識。夫瞻視不能接物,則兗竜与素褐同価矣;聰鑒不足相渉,則俊民与庸夫一概矣。眼不見,則美不入神焉;莫之与,則傷之者至焉。且夫愛憎好悪,古今不均,時移俗易,物同価異。譬之夏後之璜,曩直連城,鬻之於今,賤於銅鉄。故昔以隠居求誌為高士,今以山林之儒為不肖。故聖世之良榦,乃暗俗之罪人也;往者之介潔,乃末葉之羸劣也。

書き下し

抱朴子曰く、華章の藻蔚たるは、矇瞍の玩ぶ所に非ず。英逸の才は、浅短の識る所に非ず。夫れ瞻視の物に接する能わざれば、則ち兗龍と素褐とは価を同じくす。聡鑒の相い渉るに足らざれば、則ち俊民と庸夫とは一概なり。眼見えざれば、則ち美は神に入らず。之と与にする莫ければ、則ち之を傷つくる者至る。且つ夫れ愛憎好悪は、古今均しからず。時移り俗易われば、物同じくして価異なる。之を夏后の璜に譬うるに、曩には直連城、今に之を鬻げば、銅鉄より賤し。故に昔は隠居して志を求むるを以て高士と為し、今は山林の儒を以て不肖と為す。故に聖世の良幹は、乃ち暗俗の罪人なり。往者の介潔は、乃ち末葉の羸劣なり。

現代語訳

抱朴子は言う。美しく華やかな文章は、目の見えない者の楽しむものではない。抜きんでた才は、浅く短い見識の者に分かるものではない。見る目が物に届かなければ、礼服の兗龍(竜の縫い取り)も粗末な褐衣も値が同じになる。聡い鑑識がそこまで及ばなければ、すぐれた民も凡庸な男も一つに括られる。目に見えなければ、美しさは心に入らない。味方になる者がいなければ、傷つけようとする者が来る。しかも愛憎や好悪は古今で同じではない。時が移り風俗が変われば、物は同じでも値が変わる。夏后の璜にたとえれば、かつては連城の価値があったが、今これを売れば銅や鉄より安い。だから、昔は隠居して志を求めることを高士としたが、今は山林の儒者を不肖とする。そこで、聖世の良き幹だった者が、暗い世俗では罪人となる。昔の潔い人が、末の世では弱くて劣る者とされる。

解説

才能は見る側の眼力に依存する、という指摘から始まります。「瞻視の物に接する能わざれば、則ち兗龍と素褐とは価を同じくす」。見る目がなければ、絹の礼服も粗末な衣も同じ値に見える。さらに、価値は時代で変わり、夏后の璜も今は銅鉄より安いと言い、昔の高士が今は不肖扱いにされると続けます。人を評価する側の限界と、評価基準の時代差、二つを同時に押さえた議論です。昔の成功パターンで今の人材を測っていないか。基準を定期的に更新する理由として、実務でも使いやすい視点です。

この章句が説くこと

瞻視の物に接する能わざれば時移り俗易われば夏后の璜に譬うるに鑑識基準時代

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