抱朴子外篇 / 交際
抱朴子曰:余以朋友之交,不宜浮雜。面而不心,揚雄攸譏。故雖位顯名美,門齊年敵,而趨舍異規,業尚乖互者,未嘗結焉。或有矜其先達,步高視遠,或遺忽陵遲之舊好,或簡棄後門之類味,或取人以官而不論德,其不遭知己,零淪丘園者,雖才深智遠,操清節高者,不可也;其進趨偶合,位顯官通者,雖面墻庸瑣,必及也。如此之徒,雖能令壤蟲雲飛,斥鷃戾天,手捉刀尺,口為禍福,得之則排冰吐華,失之則當春雕悴,余代其踧蹐,恥與共世。
新字:抱朴子曰:余以朋友之交,不宜浮雑。面而不心,揚雄攸譏。故雖位顕名美,門斉年敵,而趨舎異規,業尚乖互者,未嘗結焉。或有矜其先達,歩高視遠,或遺忽陵遅之旧好,或簡棄後門之類味,或取人以官而不論徳,其不遭知己,零淪丘園者,雖才深智遠,操清節高者,不可也;其進趨偶合,位顕官通者,雖面墻庸瑣,必及也。如此之徒,雖能令壤虫雲飛,斥鷃戻天,手捉刀尺,口為禍福,得之則排冰吐華,失之則当春雕悴,余代其踧蹐,恥与共世。
書き下し
抱朴子曰く、余は朋友の交わりは、浮雑なるに宜しからずと以えり。面して心せざるは、揚雄の譏る攸なり。故に位顕れ名美しく、門斉しく年敵すと雖も、趨舍の規を異にし、業尚の乖互する者とは、未だ嘗て結ばず。或いは其の先達を矜り、歩高く視遠く、或いは陵遅の旧好を遺忽し、或いは後門の類味を簡棄し、或いは人を取るに官を以てして徳を論ぜざる有り。其の知己に遭わず、丘園に零淪する者は、才深く智遠く、操清く節高しと雖も、不可なり。其の進趨偶合し、位顕れ官通ずる者は、面墻庸瑣なりと雖も、必ず及ぶ。此くの如きの徒は、壌蟲をして雲飛せしめ、斥鷃をして天に戻らしむる能い、手に刀尺を捉り、口は禍福を為し、之を得れば冰を排き華を吐き、之を失えば春に当たりて雕悴す。余は其の為に踧蹐し、与に世を共にするを恥ず。
現代語訳
抱朴子は言う。私は、友との交わりは浮ついて雑多であってはならないと考えている。顔を合わせても心を通わせないのは、揚雄が譏ったところである。だから、地位が高く名声が美しく、家柄が等しく年齢が釣り合っていても、行動の取捨の規準が違い、事業や志向がくい違う者とは、これまで一度も交わりを結んだことがない。ところが、先に出世したことを誇って歩みは高く目は遠くを見るもの、落ちぶれた昔なじみを忘れてしまうもの、後から出た門地の同類の者を見捨てるもの、人を取り立てるのに官位で判断して徳を論じないものがいる。知己に出会えず田園に落ちぶれている者は、才が深く智が遠く、操が清く節が高くても、(彼らは交わろうとし)ない。ところが、出世の道がたまたま合って、地位が高く官に通じた者は、壁に向かったような無学な凡庸者でも、必ず付き合いが及ぶ。このような連中は、地虫を雲に飛ばし、小雀を天に至らせることもでき、手に刀とものさしを握り、口で禍福を決め、気に入られれば氷を割って花を咲かせ、見放されれば春でも枯れしぼむ。私は彼らのためにかしこまって恐れ、同じ世に生きることを恥じる。
解説
この章句が説くこと
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