抱朴子外篇 / 用刑
必能厚惠薄斂,救乏擢滯,舉賢任才,勸穡省用,招攜以禮,懷遠以德,陶之以成均,治之以庠序。化上而興善者,必若靡草之逐驚風;洗心而革面者,必若清波之滌輕塵。朝有德讓之群後,野無犯禮之軌躅。圜土可以虛蕪,楚革可以永格,何必賞罰可以為國乎!」抱朴子答曰:「《易》稱「明罰敕法」,《書》有「哀矜折獄」。爵人於朝,刑人於市,有自來矣,豈從叔世!多仁則法不立,威寡則下侵上。夫法不立,則庶事汩矣;下侵上,則逆節明矣。至醇既澆於三代,大樸又散於秦漢,道衰於疇昔,俗薄乎當今,而欲結繩以整奸欺,不言以化狡猾,委轡策而乘奔馬於險途,舍柁櫓而泛虛舟以淩波,盤旋以逐走盜,揖讓以救災火,斬晁錯以卻七國,舞幹戈以平赤眉,未見其可也!
新字:必能厚恵薄斂,救乏擢滞,舉賢任才,勧穡省用,招攜以礼,懐遠以徳,陶之以成均,治之以庠序。化上而興善者,必若靡草之逐驚風;洗心而革面者,必若清波之滌軽塵。朝有徳譲之群後,野無犯礼之軌躅。圜土可以虚蕪,楚革可以永格,何必賞罰可以為国乎!」抱朴子答曰:「《易》称「明罰勅法」,《書》有「哀矜折獄」。爵人於朝,刑人於市,有自来矣,豈従叔世!多仁則法不立,威寡則下侵上。夫法不立,則庶事汩矣;下侵上,則逆節明矣。至醇既澆於三代,大樸又散於秦漢,道衰於疇昔,俗薄乎当今,而欲結縄以整奸欺,不言以化狡猾,委轡策而乗奔馬於険途,舎柁櫓而泛虚舟以淩波,盤旋以逐走盗,揖譲以救災火,斬晁錯以却七国,舞幹戈以平赤眉,未見其可也!
書き下し
必ず能く恵を厚くし斂を薄くし、乏しきを救い滞れるを擢き、賢を挙げ才に任じ、穡を勧め用を省き、携を招くに礼を以てし、遠きを懐くるに徳を以てし、之を陶するに成均を以てし、之を治むるに庠序を以てせば、化は上りて善を興す者は、必ず靡草の驚風を逐うが若く、心を洗い面を革むる者は、必ず清波の軽塵を滌うが若し。朝には徳譲の群后有り、野には礼を犯す軌躅無し。圜土は以て虚蕪す可く、楚革は以て永く格む可し。何ぞ必ずしも賞罰もて国を為す可けんや」と。抱朴子答えて曰く、「易に『罰を明らかにし法を勅す』と称し、書に『哀矜して獄を折む』有り。爵を朝に人に授け、刑を市に人に加うること、自来有り、豈に叔世よりせんや。仁多ければ則ち法立たず、威寡なければ則ち下上を侵す。夫れ法立たざれば、則ち庶事汩れ、下上を侵せば、則ち逆節明らかなり。至醇は既に三代に澆く、大樸は又秦漢に散じ、道は疇昔に衰え、俗は当今に薄し。而るに縄を結びて以て奸欺を整え、言わずして以て狡猾を化せんと欲し、轡策を委てて奔馬に険途に乗り、柁櫓を舎てて虚舟を泛べて以て波を凌ぎ、盤旋して以て走盗を逐い、揖譲して以て災火を救い、晁錯を斬りて以て七国を却け、干戈を舞わして以て赤眉を平らげんとするは、未だ其の可なるを見ざるなり。
現代語訳
必ず恵みを厚くし税を薄くし、乏しい者を救い、滞った人材を引き立て、賢者を挙げ才ある者に任せ、農事を勧め費用を省き、離れた者を礼で招き、遠方の者を徳でなつけ、成均(学校)で陶冶し、庠序で教え治めれば、教化が上から行き渡って善が興るのは、草が疾風になびくようで、心を洗い面目を改めるのは、清い波が軽い塵を洗い流すようだろう。朝廷には徳をゆずる諸侯が並び、野には礼を犯す足跡がない。牢獄は荒れ果て、笞の革も永くしまっておける。どうして賞罰で国を治める必要があろうか」と。抱朴子は答えて言う。「易には『罰を明らかにして法を整える』とあり、書には『哀れみ慎んで獄を裁く』とある。朝廷で爵位を授け、市で刑を加えるのは、古来そうであり、末世から始まったものではない。仁が多ければ法は立たず、威が少なければ下が上を侵す。法が立たなければ万事が乱れ、下が上を侵せば反逆の節があらわになる。純粋さは三代ですでに薄れ、素朴さは秦漢でまた散り、道は昔に衰え、風俗は今に薄い。それなのに縄を結ぶ原始の方法で奸詐を整え、物を言わずに狡猾な者を感化しようとし、手綱と鞭を捨てて暴れ馬で険しい道を行き、舵と櫓を捨てて空舟を浮かべ波を越えようとし、ぐるぐる回って逃げる盗賊を追い、ゆずり合いで火災を救い、晁錯を斬って七国を退け、武器を舞わせて赤眉を平定しようとするのは、まだ成功した例を見ない。
解説
この章句が説くこと
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論語・子罕篇子、匡に畏る。曰く、「文王既に没するも、文茲に在らずや。天の将に斯の文を喪ぼさんとするや、後死の者、斯の文に与かるを得ざるなり。天の未だ斯の文を喪ぼさざるや、匡人其れ予を如何せん。」
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『墨子』七患子墨子曰く、國に七患有り。七患なる者は何ぞ。城郭溝池、守る可からずして、宫室を治む、一の患なり。邊寇、境に至るも、四鄰救う莫し、二の患なり。先ず民力を無用の功に盡くし、無能の人に賞賜し、民力、無用に盡き、財寳、侍客に虚し、三の患なり。仕うる者は祿を待ち、游ぶ者は反るを思い、君は法を脩めて臣を討ち、臣は懾れて敢えて拂らわず、四の患なり。君、自ら以て聖智と為して事を問わず、自ら以て安彊と為して守備無く、四鄰、之を謀るも戒を知らず、五の患なり。言う所は忠ならず、忠とする所は信ならず、六の患なり。畜え種うる菽粟、以て之を食らわすに足らず、大臣、事を治むるに足らず、賞賜は喜ばしむる能わず、誅罰は威らしむる能わず、七の患なり。七患を以て國に居らば、必ず社稷無からん。七患を以て城を守らば、敵至りて國傾かん。七患の當たる所、國に必ず殃有り。
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葉隠・聞書第一大難大変(だいなんたいへん)に逢うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に逢うては歓喜踊躍(かんきゆやく)して勇み進むべきなり。一関(いっかん)越えたる所なり。「水増されば船高し。」といふが如し。
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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論語・子張篇子張曰く、士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可なるのみ。
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