抱朴子外篇 / 勖學
昔秦之二世,不重儒術,舍先聖之道,習刑獄之法。民不見德,唯戮是聞。故惑而不知反迷之路,敗而不知自救之方,遂墮墜於雲霄之上,而敕韭粉乎不測之下。惟尊及卑,可無鑒乎!
新字:昔秦之二世,不重儒術,舎先聖之道,習刑獄之法。民不見徳,唯戮是聞。故惑而不知反迷之路,敗而不知自救之方,遂堕墜於雲霄之上,而勅韭粉乎不測之下。惟尊及卑,可無鑒乎!
書き下し
昔、秦の二世は儒術を重んぜず、先聖の道を舎て、刑獄の法を習う。民は徳を見ず、唯だ戮のみ是れ聞く。故に惑いて反迷の路を知らず、敗れて自救の方を知らず、遂に雲霄の上より墮墜し、韭粉を不測の下に敕す。尊より卑に及ぶ、鑒みること無かる可けんや。
現代語訳
昔、秦の二世皇帝は儒術を重んじず、先聖の道を捨てて、刑罰と訴訟の法を学んだ。民は徳を見ることがなく、ただ殺戮のことだけを聞いた。だから迷ったまま引き返す道を知らず、敗れても自らを救う方法を知らず、とうとう雲の上から墜落し、細かな粉となって測り知れない深みに砕けた。尊い者から卑しい者に至るまで、これを鑑みなくてよいだろうか。
解説
勖學篇の結びで、短い戒めです。「民は徳を見ず、唯だ戮のみ是れ聞く」と、秦の二世が刑罰ばかりを学び、徳を示さなかったことを批判します。結果として「惑いて反迷の路を知らず」と、誤りに気づいても引き返す術を失い、転落したと言います。学ぶ内容を誤ると、統治者自身が破滅するという教訓です。現代の管理職に引きつけると、罰則や管理の仕組みだけに頼ると、組織の側が徳(信頼)を示す場面を失う、という警告として読めます。上に立つ人こそ何を学ぶのかで、組織の行く末は決まります。
この章句が説くこと
秦の二世は儒術を重んぜず唯だ戮のみ是れ聞く惑いて反迷の路を知らず敗れて自救の方を知らず懲罰信頼
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