韓非子 / 守道第二十六
何以知之?夫貪盜不赴谿而掇金,赴谿而掇金則身不全。
新字:何以知之?夫貪盗不赴谿而掇金,赴谿而掇金則身不全。
書き下し
夫れ貪盗も谿に赴きて金を掇らず。谿に赴きて金を掇らば則ち身全からず。
現代語訳
(どんなに欲深い)泥棒(貪盗)でも、(危険な)谷底に下りて金(価値が低い)を拾おうとはしない。もし谷底に下りて金を拾えば、(リスクが高すぎて)命が全うできないからだ。
解説
どれほど欲深い泥棒であっても、危ない谷底に落ちている金貨を拾いには行きません。もし谷底まで下りて金貨を拾おうとすれば、足を滑らせて命を落としかねないからです。つまり、得られるものよりも失うものがあまりに大きければ、人は悪事に手を出さないという道理を示しています。不正やごまかしを防ぐための一番の要は、罰の重さと、それによって得をする大きさを釣り合わせることです。得をする分がわずかで、見つかったときに失うもの、例えば信用や仕事、家族との暮らしがあまりに大きければ、誰も進んで危ない橋は渡りません。逆に、見つかっても大した罰にならないと分かれば、誰でも魔が差してしまうものです。決まりを作るときは、この釣り合いをよく考える必要があります。
この章句が説くこと
抑止力コンプライアンスリスクとリターン内部統制懲罰
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