抱朴子外篇 / 嘉遁
方今聖皇禦運,世夷道泰,仁及蒼生,惠風遐邁,威肅鬼方,澤沾九裔;儀坤德以厚載,擬乾穹以高蓋;神化則雲行雨施,玄澤則煙煴汪濊;四門穆穆以博延,主思英逸以俾乂。此乃千載所希值,剖判之一會。而先生慕嘉遁之偏枯,不覺狷華之患害也;務乎單豹之養內,未睹暴虎之犯外也。是聞涉水之或溺,則謂乘舟者皆敗;以商臣之兇逆,則謂繼體無類也。」
新字:方今聖皇禦運,世夷道泰,仁及蒼生,恵風遐邁,威粛鬼方,沢沾九裔;儀坤徳以厚載,擬乾穹以高蓋;神化則雲行雨施,玄沢則煙煴汪濊;四門穆穆以博延,主思英逸以俾乂。此乃千載所希値,剖判之一会。而先生慕嘉遁之偏枯,不覚狷華之患害也;務乎単豹之養内,未睹暴虎之犯外也。是聞渉水之或溺,則謂乗舟者皆敗;以商臣之兇逆,則謂継体無類也。」
書き下し
方今、聖皇は運を御し、世は夷かに道は泰く、仁は蒼生に及び、恵風は遐く邁き、威は鬼方を粛し、沢は九裔に沾う。坤徳に儀りて以て載せること厚く、乾穹に擬えて以て蓋うこと高し。神化は則ち雲行き雨施し、玄沢は則ち煙煴として汪濊たり。四門は穆穆として以て博く延き、主は英逸を思いて以て乂めしむ。此れ乃ち千載の希に値う所、剖判の一会なり。而るに先生は嘉遁の偏枯を慕い、狷華の患害を覚らざるなり。単豹の内を養うに務めて、暴虎の外を犯すを未だ睹ざるなり。是れ水を渉りて或いは溺るると聞きて、則ち舟に乗る者は皆敗ると謂い、商臣の凶逆を以て、則ち継体に類無しと謂うなり」。
現代語訳
「いま、聖なる皇帝は運を御し、世は平らかで道は安泰、仁は民に及び、恵みの風は遠くまで届き、威光は辺境の異民族をも服させ、潤いは九つの果てまで及んでいる。大地の徳にならって厚く載せ、天の穹窿をまねて高く覆っている。神がかった教化は雲が行き雨が降るようであり、玄い恵みは靄が立ちこめ水があふれるようである。四方の門は穏やかに広く開かれ、君主は優れた人物を求めて治めさせている。これは千年に一度の出会いで、天地開闢以来の一つの好機である。それなのに先生は、世を避ける生き方の偏った枯れを慕い、狷介な華士の災いに気づいていない。単豹のように内を養うことに努めて、暴虎のような外からの害を犯すことにまだ目を向けていない。これは、水を渡る者が溺れたと聞いて舟に乗る者はみな敗れると言い、商臣の凶逆をもって後継ぎの子はみな同じだと言うようなものだ」。
解説
この章句が説くこと
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抱朴子外篇・嘉遁「夫れ縄舒ぶれば則ち木直く、正進めば則ち邪雕む。有虞挙ぐれば則ち四凶戮せられ、宣尼任ぜられば則ち少正卯梟せらる。猶お震雷駭けば則ち鼛鼓堙み、朝日出づれば則ち蛍燭幽るるがごとし。招魂の病を拯わざれば、則ち越人の絶技を效うこと無く、多難の世を奨めざれば、則ち非常の遠量を知る無し。高拱して以て溺るるを観るは、践む勿きの仁に非ず。道を懐きて以て国を迷わしむるは、作者の務めに非ず。若し中唐に占日の草を殖え、朝陽に鳴鳳の音を繁くし、郊に独角の獣を跱め、野に連理の林を攢むを俟たば、長旌は巻かれて懸けられず、干戈は戢められて尋ねられず、少伯は方に功成るに告退せんとす。孰か能く相い陸沈を擢んでんや。深く願わくは先生、遠からずして復るを迷わず」と。
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抱朴子外篇・嘉遁是に於いて赴勢公子なる者有り、之を聞き、慨然として嘆じて曰く、「空谷に項領の駿なる者有るは、孫陽の恥なり。太平に冠世の才を遺すは、賞真の責めなり。安んぞ俊民をして其の独善の分を全うせしめ、聖朝をして元愷の用に乏しからしむ可けんや」と。乃ち造りて説きて曰く、「徒に聞く、翅を振るい身を竦くし、九霄を凌厲し、玄極に騰跚し、彝倫を攸敘する能わざる者は、英偉に非ざるなりと。今、先生は立断の鋒を操りながら、炳蔚の文を掩い、図籍を絶迹の藪に玩び、藻麗を鳥獣の群に括り、龍章を晦夜に陳べ、琳瑯を重淵に沈め、盛夏に蟄伏し、当春に華を蔵す。復た帷を下ろして覃思し、毫を殫くして藻を騁せ、幽かに太極を賛し、元本を闡釈すと雖も、歓を言えば則ち木梗も顔を怡ばせて巧笑の如く、戚を語れば則ち偶人も嚬顣して滂沱たり、軽きを抑うれば則ち鴻羽も弱水に沈み、重きを抗ぐれば則ち玉石も飛波に漂い、同を離つれば則ち肝胆も胡越と為り、異を合すれば則ち万殊も一和し、切論すれば則ち秋霜も春に粛み、温辞すれば則ち冰条も葩を吐き、高きを摧けば則ち峻極も頽淪し、卑きを竦くすれば則ち淵池も嵯峨たり、清を疵とすれば則ち暗夜に光を倚り、濁を救えば則ち黄河を澄ましむ。然れども大恵を庶物に沾し、弘勲を皇家に著す能わず、名は朝露と与に皆晞き、体は蜉蝣と並びに化す。崇高を聖人の宝に忽にし、川逝を大耋の嗟に忘る。竊かに先生の為に取らざるなり。
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抱朴子外篇・嘉遁赴勢公子は勃然として自失し、粛爾として容を改めて曰く、「先生の言を立てて教えを助け、文は奸違を討ち、退静を摽げて以て躁競の俗を抑え、儒教を興して以て微言の絶えんとするを救うは、出づる者に非ざれば、誰か彝倫を敘せん。隠るる者に非ざれば、誰か童蒙を誨えん。普天率土、臣民に匪ざるは莫し。亦た何ぞ必ずしも纓を垂れ笏を執る者を是とし、衡門に楽饑する者を非とせんや。夫れ群れて雲夢に迷う者は、必ず指南を須ちて以て道を知り、並びに滄海に在る者は、必ず辰極を仰ぎて以て反るを得。今、嘉訓を聞き、乃ち其の蔽いを覚る。請う、衣冠を負い、駑を策ちて驥を希い、泛く愛して与に進み、択ぶを嫌わざらん」と。
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抱朴子外篇・嘉遁「蓋し聞く、大なる者は天地、其の次は君臣なりと。先聖は時を憂え、其の道を行わんことを思い、三月君無ければ皇皇如たり。今の聖主の堯舜と致を一にせざるを恥じ、此の黎民の比屋に封ず可からざるを湣み、故に或いは鼎を負いて龍のごとく躍り、或いは角を扣きて鳳のごとく歌い、蒲輪を須ちて而る後に動かず、文王を待ちて而る後に興らず。潜初飛五、時と消息し、進めば往く攸の利有り、退けば尾を濡らすの累無し。明哲以て身を保ち、宣化以て俗を済う。夫の蘭風を承けて柯を傾け、清波に濯いで穢を遣る者をして、沈景の朗鑑に応じ、方円の規矩に赴くが若くならしむ。故に勲は上下に格り、恵は八表に沾う。夫の有唐の巍巍たる所以、重華の己を恭しくする所以、西伯の三分する所以、姫発の革命する所以、桓文の一匡する所以、漢高の天に応ずる所以は、未だ群賢を致して六翮と為し、豪傑を托して舟楫と為さざる者有らざるなり。若し各々洗耳の高きを守り、人々耦耕の分を執らしめば、則ち稽古の化は建たず、英明の盛は彰れず、明良の歌は作らず、括天の網は張らざらん。
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抱朴子外篇・嘉遁赴勢公子曰く、「夫れ入りて出でざる者は、之を寵に耽りて退くを忘ると謂い、往きて反らざる者は、之を任ぜずして義無しと謂う。故に達者は身を我が有に非ずとし、値う所に任す。隠顕黙語、必ず固くする所無し。時止まれば則ち止まり、時行けば則ち行く。束帛の集い、庭燎の挙ぐるときは、則ち君子の道長じ、天に在りて見るに利あり。若し陽九讒勝の時に運渉せば、則ち戸庭を出でず、括囊して用うる勿し。龍起こり鳳戢まるは、時に随うの宜なり。古人の或いは危乱を避けて入るを肯ぜず、或いは色斯にして日を終えざる所以は、巫山の失火に芝艾の並び焚けんことを慮りてのみ。
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抱朴子外篇・貴賢抱朴子曰く、軽き艘を舎てて無涯を渉る者は、其の必ず済るを見ざるなり。良輔無くして隆平を羨む者は、未だ其の成る有るを聞かざるなり。鴻鸞の虚を凌ぐは、六翮の力なり。淵虬の天に飛ぶは、雲霧の偕なればなり。故に賢を招き用うるは、人主の要務なり。功を立て事を立つるは、髦俊の思う所なり。若し乃ち治の定まるを楽しみて智士を忽せにする者は、何ぞ遠途に致らんと欲して騏騄を棄つるに異ならんや。夫れ丘園の否滞を抜き、遺漏の幽人を挙げ、職は其の才を尽くし、禄は其の功に称うは、君の賢者を待つ所以なり。夙夜の在公に勤め、心力を百揆に竭くし、善を進め悪を退け、知りて為さざる無きは、臣の知己に報ゆる所以なり。世に隠逸の民有れども、独立の主無きは、士は以て遁るるを喜びて憂い無かる可く、君は臣無くして治を致す可からざればなり。是を以て傅説・呂尚の聞達に汲汲たらざるは、道徳備われば王公を軽んずればなり。而して殷高・周文の乃ち賢を得るを夢想せるは、洪勲を建つるには必ず良佐を須つればなり。
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