秘本玉くしげ / 下 唐びいきの儒者
これ此方にては世の人も一向しらざりしほどの事にて、ただわづかのあぶれ者のしわざにて有しすら、かの國にては右のごとく毎度大きなる騒ぎなりし。これを以ても唐國の軍法の拙く弱き事をしるべし。然るを例の唐びゐきの儒者などの、ひたすらかの國の軍法などをほめあげ高ぶりて武士をおどすは、いとをかしくかたはらいたき事也。吾日本は、ありがたき神威の護の嚴重なる事は申すに及ばず、國の殷富、田地人民の甚多きこと、外國のかけても及ぶところにあらず。殊更御當代、天下諸國の蕃鎭の盛大なる、今たとひ武備は少少おこたり有といふとも、なほ甚堅固なれば、たとひ他のいかやうの大國より寇賊來るといへども、さのみ畏るるにはたらず、ゆめゆめ聞おぢなどすべきにあらず。これ又武士の常に心得居るべきことにて、西國方は申すに及ばず、何方にても海面を受たる國國は猶更也。凡て天下の大名たちの、朝廷を深く畏れ厚く崇敬し奉り玉ふべきすぢは、公儀の御定めの通りを守り玉ふ御事勿論也。
新字:これ此方にては世の人も一向しらざりしほどの事にて、ただわづかのあぶれ者のしわざにて有しすら、かの国にては右のごとく毎度大きなる騒ぎなりし。これを以ても唐国の軍法の拙く弱き事をしるべし。然るを例の唐びゐきの儒者などの、ひたすらかの国の軍法などをほめあげ高ぶりて武士をおどすは、いとをかしくかたはらいたき事也。吾日本は、ありがたき神威の護の厳重なる事は申すに及ばず、国の殷富、田地人民の甚多きこと、外国のかけても及ぶところにあらず。殊更御当代、天下諸国の蕃鎮の盛大なる、今たとひ武備は少少おこたり有といふとも、なほ甚堅固なれば、たとひ他のいかやうの大国より寇賊来るといへども、さのみ畏るるにはたらず、ゆめゆめ聞おぢなどすべきにあらず。これ又武士の常に心得居るべきことにて、西国方は申すに及ばず、何方にても海面を受たる国国は猶更也。凡て天下の大名たちの、朝廷を深く畏れ厚く崇敬し奉り玉ふべきすぢは、公儀の御定めの通りを守り玉ふ御事勿論也。
書き下し
これ此方にては世の人も一向しらざりしほどの事にて、ただわづかのあぶれ者のしわざにて有しすら、かの国にては右のごとく毎度大きなる騒ぎなりし。これを以ても唐国の軍法の拙く弱き事をしるべし。然るを例の唐びゐきの儒者などの、ひたすらかの国の軍法などをほめあげ高ぶりて武士をおどすは、いとをかしくかたはらいたき事也。吾日本は、ありがたき神威の護の厳重なる事は申すに及ばず、国の殷富、田地人民の甚多きこと、外国のかけても及ぶところにあらず。殊更御当代、天下諸国の蕃鎮の盛大なる、今たとひ武備は少々おこたり有といふとも、なほ甚堅固なれば、たとひ他のいかやうの大国より寇賊来るといへども、さのみ畏るるにはたらず、ゆめゆめ聞おぢなどすべきにあらず。これ又武士の常に心得居るべきことにて、西国方は申すに及ばず、何方にても海面を受たる国々は猶更也。凡て天下の大名たちの、朝廷を深く畏れ厚く崇敬し奉り玉ふべきすぢは、公儀の御定めの通りを守り玉ふ御事勿論也。
現代語訳
これはこちらでは世の人もまったく知らなかったほどの事で、ただわずかのあぶれ者のしわざであったのでさえ、あの国ではこのように毎回大きな騒ぎであった。これをもってしても唐国の軍法の拙く弱い事を知るべきである。それなのに例の唐びいきの儒者などが、ひたすらあの国の軍法などを褒め上げて高ぶり、武士を脅すのは、まことにおかしく苦々しい事である。わが日本は、ありがたい神威の守りの厳重な事は申すまでもなく、国の豊かさ、田地・人民のはなはだ多いことは、外国の決して及ぶところではない。ことに当代は、天下諸国の蕃鎮(諸大名)が盛大であるから、今たとえ武備は少々怠りがあるとしても、なおはなはだ堅固であるので、たとえ他のどのような大国から寇賊が来るとしても、それほど恐れるには足らず、決して聞き怖じなどすべきではない。これもまた武士が常に心得ているべきことで、西国方は申すまでもなく、どこでも海に面した国々はなおさらである。総じて天下の大名たちが、朝廷を深く畏れ、厚く崇敬申し上げなさるべき筋合いは、公儀のお定めの通りを守られることはもちろんである。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 唐土は大国ならずさて唐土の通俗の軍書共は、見て益すくなし。国の模様も大にかはり、時代も遠ければ、間にあはぬ事のみ多し。かの国の古への名将共の大利を得たる計策など、今の人に用ひて心やすく欺かるるものにあらず。其外すべて唐土は、軍談議論などは道理をつくして尤に聞え、甚功者なるやうに見ゆれ共、実用に至てはさやうにもあらず。軍の仕方は此方の近代にくらぶれば大きにつたなし。然るを世人の心に、唐土といへば軍の仕方は格別に妙なるべきもののやうに思ひ、又殊の外大国と心得、それに応じて軍勢も甚大軍なるべきやうに心得て、おぢ恐るるは、みな大なるひがこと也。まづかの国をひたすら大国とのみ心得るも料簡違ひあり。其故は、国の広さはいかにも甚広き事にて、日本の十倍などよりも過たれども、然れ共日本にくらぶれば、いづくもいづくも空虛の地多くして、ひろさ相応には田地も人民もすくなく、物成もいとすくなければ、軍もさのみ格別の大軍なることもなし。
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『秘本玉くしげ』上 私智を恃む惣じて古より唐土の風俗として、何事によらず旧きに依ることをばたつとばず、ただ己が私智を以て考へて、万の事を改めかえて功を立んとするならはし也。これただ己が才智を恃みて、まことの道をしらざるもの也。故に、その考へたるところの議論理屈は、いかほど尤にて的当したるやうに聞えても、実事になりてはその議論の如くには行はれず、思ひの外の失あるは、まことの道理にかなはざる所あるが故也。然るを此方にても、儒者の料簡はひたすらかの唐土のかたをよき事に思ひて、もの事を己が心もて改め變んとする。かの儒者かたぎの一種の料簡と申すはこれ也。儒者はとかく唐土の治めかたをよろしきやうにいえども、かの代代の治まりぶり、学者の議論のやうにはゆかざるを以て、其実はよろしからざることをさとるべし。
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『秘本玉くしげ』上 理屈どおりにゆかぬ惣じて何事も、実事にかけては其議論理屈の如くにはゆかぬもの也。又儒者は、かの聖人の意を本とすること故に、国政の根本の所はもとよりあくまでよくしれるやうに思へ共、実はなほしらざる所あり。故に、これぞ国政の根本至極と思へる趣も相違して、実の道には叶はぬ事あり。さればこそ、さばかり議論かしこくとりおこなふ唐土の代代に、久しく治平のつづけることはなし。彼国は学問をもよくし、かしこき智者どもの世世に出て、面面さまざまのよき料簡を立れども、古へより今に至るまで、つひに治まり方宜しくして其政の久しく行はれたることなし。其ありさまを考るに、まづ前の人の立たる料簡につきて其通りを行ひこころむるに、思ひの外宜しからざるによりて、是はいかがと思ふ所へ、後の人の出て前の人の料簡の非なることをいへば、げにもと思ひあたる故に、又其料簡につきて行ふに、それも又よろしからず。
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『秘本玉くしげ』上 漢学に惑うな但し根本の所こそ違ひたれ、唐土の道もさばかりの聖人の智慧を以て建立したるものなれば、末末の今日の行ひの筋などには取用ふべき事おほし。本朝とても中古以来はおほく漢様の政にて、風俗人心もなべて漢様に成ぬる世中なれば、今は末末の事には、かの国の道をもまじへ行はではかなはぬやうなることもある也。されば国君たる人は申すに及ばず、その政を執行ふ人人も、随分に漢学をもして、其道の宜しき所をば事によりて取用ひもすべく、又かの国の代代の治め方の実にはよろしからざることをも考へしり、其根本の所に至ては大に違ひ有といふことをよく弁へ悟りて、ゆめゆめかの道にかたより惑ふべからず。かへすがへすも此根本の所ぞ大切なる。大かた世人すべて漢学をする者は、必かの道にかたより惑ひて他ある事をしらず、此根本の違ひをえさとらざる故に、却て国政をもあやまること多き也。此ところをだによく弁へ悟り、心にしめて動かざれば、いかほど漢籍を看て朝夕これに馴居ても害はなかるべし。
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『秘本玉くしげ』上 聖人の道の根本そのわけは別巻に委くいへるが如し。さて又、唐土の治めかたにては、此方にてはいよいよ道にかなひがたきわけあり。かやうにいはば、儒者の心には却てをかしく思ひて、「天地は一枚にて、人情はいづくもいづくも同じければ、唐土日本とて道に二つはなく、治めかたの根本にかはりはなき事也。殊に唐土は聖人の国なれば、其道をおきて外に身を治め国を治むべき道はあることなし。聖人の道をおきて外に道をいふものはみな異端にして正道にあらず」と儒者はいふべし。然れども是は一通り誰も皆いふ事にてめづらしからず。なほそのうへを今一段高く考へて、かの聖人の道はなほ根本の所にたがひ有て、まことの道にかなはざるところある事を探り求むべき也。うはべの議論の美しきに惑ひて、彼道になづむべきにあらず。殊に本朝は異国とは格別のしなあれば、別して国政を行ふに、道の根本をしらずばあるべからず。これらのわけも委しく別巻にあり。
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『秘本玉くしげ』下 根本の心がけこれらの子細は、通例の学者、又神道者なども夢にもしらざる事にて、世間共に大に料簡違ある事也。惣じて世間の人のよき料簡と思ふは、みな唐流の理屈なる故に、其中にはまことの道理にかなはざる事も多し。領主たる御方並に役人中なども、国のためを思ひて、災害おこらず凶事無く、上下共に安全に栄えて長久ならんことを願ひ玉はば、これらの根本の所の心がけ大切なるべき御事にこそ。
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