秘本玉くしげ / 下 唐土は大国ならず
さて唐土の通俗の軍書共は、見て益すくなし。國の模樣も大にかはり、時代も遠ければ、間にあはぬ事のみ多し。かの國の古への名將共の大利を得たる計策など、今の人に用ひて心やすく欺かるるものにあらず。其外すべて唐土は、軍談議論などは道理をつくして尤に聞え、甚功者なるやうに見ゆれ共、實用に至てはさやうにもあらず。軍の仕方は此方の近代にくらぶれば大きにつたなし。然るを世人の心に、唐土といへば軍の仕方は格別に妙なるべきもののやうに思ひ、又殊の外大國と心得、それに應じて軍勢も甚大軍なるべきやうに心得て、おぢ恐るるは、みな大なるひがこと也。まづかの國をひたすら大國とのみ心得るも料簡違ひあり。其故は、國の廣さはいかにも甚廣き事にて、日本の十倍などよりも過たれども、然れ共日本にくらぶれば、いづくもいづくも空虛の地多くして、ひろさ相應には田地も人民もすくなく、物成もいとすくなければ、軍もさのみ格別の大軍なることもなし。
新字:さて唐土の通俗の軍書共は、見て益すくなし。国の模様も大にかはり、時代も遠ければ、間にあはぬ事のみ多し。かの国の古への名将共の大利を得たる計策など、今の人に用ひて心やすく欺かるるものにあらず。其外すべて唐土は、軍談議論などは道理をつくして尤に聞え、甚功者なるやうに見ゆれ共、実用に至てはさやうにもあらず。軍の仕方は此方の近代にくらぶれば大きにつたなし。然るを世人の心に、唐土といへば軍の仕方は格別に妙なるべきもののやうに思ひ、又殊の外大国と心得、それに応じて軍勢も甚大軍なるべきやうに心得て、おぢ恐るるは、みな大なるひがこと也。まづかの国をひたすら大国とのみ心得るも料簡違ひあり。其故は、国の広さはいかにも甚広き事にて、日本の十倍などよりも過たれども、然れ共日本にくらぶれば、いづくもいづくも空虚の地多くして、ひろさ相応には田地も人民もすくなく、物成もいとすくなければ、軍もさのみ格別の大軍なることもなし。
書き下し
さて唐土の通俗の軍書共は、見て益すくなし。国の模様も大にかはり、時代も遠ければ、間にあはぬ事のみ多し。かの国の古への名将共の大利を得たる計策など、今の人に用ひて心やすく欺かるるものにあらず。其外すべて唐土は、軍談議論などは道理をつくして尤に聞え、甚功者なるやうに見ゆれ共、実用に至てはさやうにもあらず。軍の仕方は此方の近代にくらぶれば大きにつたなし。然るを世人の心に、唐土といへば軍の仕方は格別に妙なるべきもののやうに思ひ、又殊の外大国と心得、それに応じて軍勢も甚大軍なるべきやうに心得て、おぢ恐るるは、みな大なるひがこと也。まづかの国をひたすら大国とのみ心得るも料簡違ひあり。其故は、国の広さはいかにも甚広き事にて、日本の十倍などよりも過たれども、然れ共日本にくらぶれば、いづくもいづくも空虛の地多くして、ひろさ相応には田地も人民もすくなく、物成もいとすくなければ、軍もさのみ格別の大軍なることもなし。
現代語訳
さて唐土の通俗の軍書などは、見ても益が少ない。国の様子も大いに変わり、時代も遠いので、間に合わない事ばかりが多い。あの国の昔の名将たちが大きな利を得た計略なども、今の人に用いて簡単に欺けるものではない。そのほかすべて唐土は、軍談や議論などは道理を尽くしてもっともらしく聞こえ、はなはだ巧者なように見えるけれども、実用に至ってはそうでもない。軍の仕方はこちらの近代に比べれば大いに拙い。それなのに世の人の心に、唐土といえば軍の仕方は格別に巧妙なもののように思い、またことのほか大国と心得、それに応じて軍勢もはなはだ大軍であるように心得て、怖じ恐れるのは、みな大きな間違いである。まずあの国をひたすら大国とばかり心得るのも料簡違いがある。そのわけは、国の広さはいかにもはなはだ広いことで、日本の十倍などよりも過ぎているけれども、しかし日本に比べれば、どこもかしこも空虚の地が多くて、広さ相応には田地も人民も少なく、物成(収穫)もまことに少ないので、軍もそれほど格別の大軍であることもない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』下 唐びいきの儒者これ此方にては世の人も一向しらざりしほどの事にて、ただわづかのあぶれ者のしわざにて有しすら、かの国にては右のごとく毎度大きなる騒ぎなりし。これを以ても唐国の軍法の拙く弱き事をしるべし。然るを例の唐びゐきの儒者などの、ひたすらかの国の軍法などをほめあげ高ぶりて武士をおどすは、いとをかしくかたはらいたき事也。吾日本は、ありがたき神威の護の厳重なる事は申すに及ばず、国の殷富、田地人民の甚多きこと、外国のかけても及ぶところにあらず。殊更御当代、天下諸国の蕃鎮の盛大なる、今たとひ武備は少々おこたり有といふとも、なほ甚堅固なれば、たとひ他のいかやうの大国より寇賊来るといへども、さのみ畏るるにはたらず、ゆめゆめ聞おぢなどすべきにあらず。これ又武士の常に心得居るべきことにて、西国方は申すに及ばず、何方にても海面を受たる国々は猶更也。凡て天下の大名たちの、朝廷を深く畏れ厚く崇敬し奉り玉ふべきすぢは、公儀の御定めの通りを守り玉ふ御事勿論也。
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『秘本玉くしげ』上 唐土の新法かの国はさばかりかしこき聖賢の出て、学問もあつく、智慧深き人も多げに聞ゆる国なるに、いかなれば左様に代代の治まりかた悪くして、とりしまらぬことぞといふに、上に申せる如く、道の根太をしりがほはすれ共、実はこれをしらざるが故也。惣体世の中の事は、いかほどかしこくても人の智慧工夫には及びがたき所のあるものなれば、たやすく新法を行ふべきにあらず。
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『秘本玉くしげ』上 漢学に惑うな但し根本の所こそ違ひたれ、唐土の道もさばかりの聖人の智慧を以て建立したるものなれば、末末の今日の行ひの筋などには取用ふべき事おほし。本朝とても中古以来はおほく漢様の政にて、風俗人心もなべて漢様に成ぬる世中なれば、今は末末の事には、かの国の道をもまじへ行はではかなはぬやうなることもある也。されば国君たる人は申すに及ばず、その政を執行ふ人人も、随分に漢学をもして、其道の宜しき所をば事によりて取用ひもすべく、又かの国の代代の治め方の実にはよろしからざることをも考へしり、其根本の所に至ては大に違ひ有といふことをよく弁へ悟りて、ゆめゆめかの道にかたより惑ふべからず。かへすがへすも此根本の所ぞ大切なる。大かた世人すべて漢学をする者は、必かの道にかたより惑ひて他ある事をしらず、此根本の違ひをえさとらざる故に、却て国政をもあやまること多き也。此ところをだによく弁へ悟り、心にしめて動かざれば、いかほど漢籍を看て朝夕これに馴居ても害はなかるべし。
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『秘本玉くしげ』上 私智を恃む惣じて古より唐土の風俗として、何事によらず旧きに依ることをばたつとばず、ただ己が私智を以て考へて、万の事を改めかえて功を立んとするならはし也。これただ己が才智を恃みて、まことの道をしらざるもの也。故に、その考へたるところの議論理屈は、いかほど尤にて的当したるやうに聞えても、実事になりてはその議論の如くには行はれず、思ひの外の失あるは、まことの道理にかなはざる所あるが故也。然るを此方にても、儒者の料簡はひたすらかの唐土のかたをよき事に思ひて、もの事を己が心もて改め變んとする。かの儒者かたぎの一種の料簡と申すはこれ也。儒者はとかく唐土の治めかたをよろしきやうにいえども、かの代代の治まりぶり、学者の議論のやうにはゆかざるを以て、其実はよろしからざることをさとるべし。
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『秘本玉くしげ』下 明の援軍十万これみな世々の書にのせたる、かの国中の戸口の数、軍賦の数などを見てもよくしらるること也。すでに豊臣太閤朝鮮御征伐の時、唐土よりの加勢の軍などをも、此方の人は或は五十万百万などと聞て、おびただしきことのやうにいひふらしつれども、大なる相違にて、其時の軍兵始終十万にも過たることはなし。それほどの軍兵も、大抵の事にてはかり催しがたくて、いろいろと世話をやきてやうやうに催し立たるところ、右のごとくなりし。これみなかの国の書共に見えたる事也。さてかの時の戦ひは、此方にも小西の如き臆病神のつきたりし衆もありつればこそ、まれまれには負軍もありつれ、左様のききおぢだにせずば、始終毎度十分の勝たるべし。
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『秘本玉くしげ』上 理屈どおりにゆかぬ惣じて何事も、実事にかけては其議論理屈の如くにはゆかぬもの也。又儒者は、かの聖人の意を本とすること故に、国政の根本の所はもとよりあくまでよくしれるやうに思へ共、実はなほしらざる所あり。故に、これぞ国政の根本至極と思へる趣も相違して、実の道には叶はぬ事あり。さればこそ、さばかり議論かしこくとりおこなふ唐土の代代に、久しく治平のつづけることはなし。彼国は学問をもよくし、かしこき智者どもの世世に出て、面面さまざまのよき料簡を立れども、古へより今に至るまで、つひに治まり方宜しくして其政の久しく行はれたることなし。其ありさまを考るに、まづ前の人の立たる料簡につきて其通りを行ひこころむるに、思ひの外宜しからざるによりて、是はいかがと思ふ所へ、後の人の出て前の人の料簡の非なることをいへば、げにもと思ひあたる故に、又其料簡につきて行ふに、それも又よろしからず。
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