秘本玉くしげ / 下 無益の扶持
ただわろきは、左樣に御勝手のさしつまるやうになるがわろきなれば、とかくその本をよく吟味して、諸事をいかやうにつめてなりとも物入の少なきやうにして、是非とも御收納にて何事もこと足るやうに相はたらかんぞ肝要なるべき。いづれの御大名にも、無益の輩に永永扶持知行を玉ふ事おほし。昔はいづれも御勝手ゆるやかなりしゆゑに、さしてもなき遊藝の輩などにも左樣に御扶持を多く玉ひて、代代御扶持人となれる者多けれ共、これらは無益の費也。儒者醫師のたぐひも、その時にすぐれたるをゑらみて召抱へらるべきは勿論の事なれども、いづれもその子の代になりては學問も藝も大におとるものにて、殊に身に祿あれば家業におこたりて多くは御用にも立がたく、祿おほければ身分おもおもしく成て、殊更業をばおこたる也。
新字:ただわろきは、左様に御勝手のさしつまるやうになるがわろきなれば、とかくその本をよく吟味して、諸事をいかやうにつめてなりとも物入の少なきやうにして、是非とも御収納にて何事もこと足るやうに相はたらかんぞ肝要なるべき。いづれの御大名にも、無益の輩に永永扶持知行を玉ふ事おほし。昔はいづれも御勝手ゆるやかなりしゆゑに、さしてもなき遊芸の輩などにも左様に御扶持を多く玉ひて、代代御扶持人となれる者多けれ共、これらは無益の費也。儒者医師のたぐひも、その時にすぐれたるをゑらみて召抱へらるべきは勿論の事なれども、いづれもその子の代になりては学問も芸も大におとるものにて、殊に身に禄あれば家業におこたりて多くは御用にも立がたく、禄おほければ身分おもおもしく成て、殊更業をばおこたる也。
書き下し
ただわろきは、左様に御勝手のさしつまるやうになるがわろきなれば、とかくその本をよく吟味して、諸事をいかやうにつめてなりとも物入の少なきやうにして、是非とも御収納にて何事もこと足るやうに相はたらかんぞ肝要なるべき。いづれの御大名にも、無益の輩に永々扶持知行を玉ふ事おほし。昔はいづれも御勝手ゆるやかなりしゆゑに、さしてもなき遊藝の輩などにも左様に御扶持を多く玉ひて、代々御扶持人となれる者多けれ共、これらは無益の費也。儒者医師のたぐひも、その時にすぐれたるをゑらみて召抱へらるべきは勿論の事なれども、いづれもその子の代になりては学問も藝も大におとるものにて、殊に身に禄あれば家業におこたりて多くは御用にも立がたく、禄おほければ身分おもおもしく成て、殊更業をばおこたる也。
現代語訳
ただ悪いのは、そのように御勝手が差し詰まるようになることが悪いのであるから、とにかくその大本をよく吟味して、諸事をどのように詰めてでも出費が少なくなるようにして、ぜひとも御収納(年貢の収入)で何事も足りるように計らうことが肝要であろう。どの御大名にも、無益の者どもに長々と扶持や知行をお与えになる事が多い。昔はいずれも御勝手が緩やかであったので、さほどでもない遊芸の者などにもそのように御扶持を多くお与えになって、代々御扶持人となっている者が多いけれども、これらは無益の費えである。儒者や医師の類も、その時に優れた者を選んで召し抱えられるべきなのはもちろんの事であるけれども、いずれもその子の代になっては学問も芸も大いに劣るもので、ことに身に禄があれば家業を怠って、多くは御用にも立ちにくく、禄が多ければ身分が重々しくなって、ことさら業を怠るのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』下 世襲の芸の者其外雑藝の輩なども、御用あらば時々に召抱られて、少々づつの禄を玉はん事は、御大名の御身上にては随分さも有べきことなれ共、一たび抱へられたる者は、何の御用もなきに永々いたづらに多くの御扶持を玉はりて過す者、江戸京などにも其国元にも多きは、甚しき奢の費也。すべて何の職も禄を世々にするは、本朝の古格にて厚き風儀にてはあれ共、その筋にもよるべき事也。然れども久しく有来りたる事の俄に改まりては、大に難義に及ぶ者多ければ、右の類とても御先代より有来りたる分は、今さらゆゑなく禄をめしはなたるべき事にあらず。されば左様の事は、随分御用にも立やうに、それぞれの家の道を出精し相はげみて、その道々に此上へ新加の人なくて御間の合やうにあらせまほしく、猶又その藝すぐれて、某殿の御内の其人と他国までも名をあぐるほどにもあらば、殊更忠勤にて有べき事也。
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『秘本玉くしげ』上 定まれる禄惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて国政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる禄なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる禄あれば、其分限相応にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御収納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手当はなくてかなはぬ事。又公儀の御手伝などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手当も有べき事なり。又凶年などに御領内の民をば随分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。
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『秘本玉くしげ』下 家中の禄されば、さしつまりてやむことを得ざるときは、御家中の禄を年を限りて減じ玉ふより外の上策はなし。これ当然のあたりまへ也。但し御家中大小上下、いづれもいづれもほどほどに、先祖よりその禄を玉はり、御蔭によりて家をたて、代代妻子をはぐくみ、家の子を扶持し来りたるに、俄にその禄を過分減ぜられては、一同に甚難義の至り。殊に近年世上困窮の時節、御家中は別して切つめたる禄にて、余分くつろぎもありにくきうへなれば、いよいよ難渋の人人多からんこと、まことにいとをしき御事なれば、なるべきだけは此事はなくてあらまほしきものなれども、上の御身分につきたる御物入どもをも、なるべきだけ省略減少せられ、はしばしくまぐままで御手をつめられて、そのうへやむことを得ぬときは、此法より外に作略は有まじきこと也。
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『秘本玉くしげ』下 収納のくせもし此つもりのしまりあしくては、年限の内御収納の過分に多きがくせに成て、年限終りたるとき、又俄に大に御手づかへ有て、数年御家中一同の辛抱もいたづら事になり、却て御勝手の逼迫いやまさること有べし。そのとき又年限を延られんは、いよいよ気の毒也。とかく物はくせつきやすきならひなれば、此年限の間御収納多きがくせにならぬ様の作略、返す返すも肝要たるべきにや。上と下との間甚遠くして、下の情態の上へとほりがたくしれがたき事は、古へより誰もよくしれることなるが、近代は別して大名の御身分殊の外に重重しき故に、猶更此弊は甚しき也。たとひ此御心つきて下の様子をしらんと思召ても、委しく知り玉ふべきてだてなし。
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『秘本玉くしげ』下 減禄の心得故に近年、此法を行はるる方方諸国に多き也。これ全くやむこと得ざる故の事なれば、もし此事ありとても、必必御はからひを恨み奉るべきにあらず。もし乱世にも生れあひたらんには、猶いかなる艱難辛苦もあるべきに、ありがたくも静謐の御代に生れて、身命を全くし、飢ず寒からず安穏に世を渡る、君恩を思ひ奉るのみぞと思ひとりて、しばらくの難義をばしのぎ玉ふべき也。さてもし何国にもせよ、此法を行はれんに付ては、おのおの禄の大小によりて減少の差別あるべき事勿論なれども、下下に至て微禄の人人は、殊にくつろぎなければ迷惑甚しかるべし。此所かへすがへすも御かへりみあるべき也。さて又、此年限の内に是非とも御勝手の立なほるべきやうの算用のつもり、其しまり方、且又年限終りて後のしまり方など、かねてよくよくつもりあるべきこと也。
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『秘本玉くしげ』上 役人が増える先御身分の重重敷によりて、夫につきたる万事を殊の外重重敷取扱ふから、武備国政の外に御身分の事に付たる様様の役人抔多くして、一人にても済べき事にも上役下役段段に有て人多くかかり、さらでもなき事にも多くの人手間かかり、次第に事も繁く費多く、其一一の取扱ひに一つとして御物入のなき事はあらず。又段段の役人多ければ、横道へ抜行物入も多かるべし。惣体上の事を下下にて取扱ふ事余り重重敷故に、下の煩と成事は申に及ばず、無益の費も甚多き事なるを、其細かなる事共迄は上には御心もつきがたき事なるべし。かの飲食衣服抔の如きも、上にめさるる所はいか程美を尽しても、たかのしれたる事なれ共、それを下にて余り重重敷取扱ふにつきて、役役抔も多く、ひたすら念を入るをよき事とする習ひにて、年年月月に諸事重重敷なりて、無益の事に甚念を入るから、何に付ても費の甚多き也。
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