秘本玉くしげ / 下 上下は遠し
しかれ共、上と下とは甚遠ければ、その吟味もとかくに行とどきかぬる事なれば、
書き下し
しかれ共、上と下とは甚遠ければ、その吟味もとかくに行とどきかぬる事なれば、
現代語訳
けれども、上と下とははなはだ遠いので、その吟味もとかく行き届きかねる事であるから、(次に述べる公事訴訟や願い事の扱いにこそ、格別の心配りがいるのである)。
解説
わずか一行の断片であるが、宣長の政道観の要がここにある。上と下とははなはだ遠い。藩主の目は城の奥から領内の隅々までは届かず、吟味はどうしても行き届かない。だから下からの訴えや願いの扱い、役人の裁きのあり方に特に心を配らねばならない、という流れで、この後に訴訟は早く済ませよという献言が続く。天明の飢饉のさなか、各地の一揆は、上に届かなかった声が溜まった末に噴き出したものでもあった。宣長は上巻でも、一揆は上の非から起こると述べている。上に立つ者は自分の目が届いていないという前提から出発せよ、というのがこの一文の教えである。
この章句が説くこと
上下吟味訴え距離政道
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 役人も重く罰すさればたとひいささかの事にもせよ、此すぢあらば、その起るところの本を委細によくよく吟味して是非をただし、下の非あらば、その張本のともがらをおもく刑し玉ふべきは勿論の事、又上に非あらば、その非を行へる役人を重く罰し玉ふべき也。
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『秘本玉くしげ』上 上の恵みさて今の世には、百姓の方にも年貢のすぢに正直ならざることをかまへて、これを免れんとする者もあることなれ共、それも畢竟は、上よりのいたはりなく、あしらひの悪さに、下よりも左様のかまへをばする也。上の御めぐみだに行とどけば、下は速に感じ奉るものぞかし。
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『秘本玉くしげ』上 一揆は上の非抑、此事の起るを考るに、後にいづれも下の非はなくして、皆上の非なるより起れり。今の世、百姓町人の心もあしくなりたりとはいへども、よくよく堪がたきにいたらざれば、此事はおこるものにあらず。たとひ起さんと思ふ者ありとても、村村一致することはかたく、又悪党者ありてこれをすすめありきても、かやうの事を一同にひそかに申合す事はもれやすきものなれば、中中大抵の事にては一致はしがたかるべし。然るに近年、此事の所所に多きは、他国の例を聞ていよいよ百姓の心も動き、又役人の取はからひもいよいよ非なること多く、困窮も甚しきが故に、一致しやすきなるべし。然れ共また、近来世上に此事多きに付ては、何れの国も上にもつねづねその心がけおこたらず、起しがたきやうのかねての防ぎもあることなれば、下はいよいよ一致しがたく、起しがたき道理也。上のかねての防ぎは、隠すべき事にあらざればいかやうにも議しやすく、表向にてとりはからふ事なれば行ひやすく、またたとひ下へ隠してはからふ事も、上はもとより一致なればいかやうにもなる事なるに、下のかやうの事を起さんとするは、上へ隠して至て密密に談合すべき事にて、殊に世間ひろければ、かならず中途にて漏れ顕はるべき道理なるに、近年たやすく一致し固まりて、此事の起りやすきは、畢竟これ人為にはあらず。上たる人、深く遠慮をめぐらさるべきなり。然りとて、いかほど起らぬやうのかねての防ぎ工夫をなす共、末を防ぐばかりにては止がたかるべし。とかく、その因て起る本を直さずばあるべからず。その本を直すといふは、非理のはからひをやめて民をいたはる是也。
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『秘本玉くしげ』上 取り上げに飽かず然るに他国の様子をうけ玉はれば、上上も下下の役人も、百姓をあしらふに露ほどもめぐみいたはる心はなくして、年貢は本より今の世の定まりの如く出すべきはづのものと心得、その定まりの年貢の外にも、なほさまざまの事共を工夫し出して、ただひたすらに取上る事をつとめとしてあきたる事なく、たまたま主君は仁心ありてこれをゆるやかにせんと思ひ玉へども、下なる役人これをゆるさず、或は下なる役人仁心あれども、上よりこれをゆるさず、ただ百姓を苦しめに苦しむる所もありとかやうけたまはる。
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『秘本玉くしげ』上 恥辱と思わぬ上たとひいかほど困窮はしても、上のはからひだによろしければ、此事は起るものにあらず。然るに近年は、ここにもかしこにも多きによりて、めづらしからぬ事になりて、まづ一旦静まればよき事にして、さのみ跡の吟味もくはしからず、張本人を一両人とらへて定まりのとほり刑に行へば、そのむきにて、跡の上の取計らひをたしなみ改むる事もせず、世間に例多ければ、さのみ恥辱とも思はれぬやうの所もありとぞ。
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『秘本玉くしげ』下 書物では知れぬ学問をし玉へば、書物のうへにて大抵下下の役人の事、民間の事も、おほだたいの所はしるることなれ、当時のこまかなる趣は、中中書物のうへなどにてしるることにあらず。下下には上の御存じよりもなき事共のさまざまある也。されば、ただ書物のうへの一通りの趣を以てはからひては、思召す旨とは違ふこと多かるべし。たとへば、上には深く下をいたはり玉ふ御心にて、いささかにても民のいたみとならぬやうにとおぼしめしても、其通りに下へはとほりがたし。他国の様子をうけたまはるに、下下の取はからひは上の思召とは大に相違することのある様子なりとかや。その下のくはしき様子は上には御存知のなければ、ただ仰出されたる通りにゆく事とおぼしめすなるべし。又下より願ふ筋なども、とかくに中途にて滞りて、上へはとほりがたき事がち也。これら皆、上のあまりおもおもしくして遠き故の失也。小身の御大名などは、さほどにはあらぬこともあるべけれど、御大家ほど此失は多き也。
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