秘本玉くしげ / 下 賄賂の蔓延
それも主君たる人正しければ、さすがに身分重き役人はおのづからたしなむ事もあれども、下下の役人は、上へはしれぬ事をよくのみこみ居るうへに、たとひ万一しれても身分かろければ、高をくくりて憚る所なく、何事にもこれをむさぼる也。又主君ぐるみに昧きは、上中下おしなべていよいよ甚しき事あり。其中にたとひたまたま廉直なる人有ても、其身分の役義ばかりこそ廉直なれ、外外の防ぎにはならず。又目附横目をつけても、多くは其人ぐるみに此道におちいる故に、益あることなし。惣体近世は何事によらず、此賄の行はれざる事はなくして、公事訴訟に横しまなるさばきをなし、刑罸にあたらざる事多きなどは申に及ばず、其外諸の作事普請などに付ても、此すぢもつばら行はるること也。それも少少づつの事はさても有べきなれ共、甚しき事のみ多くして、すべて賄を多くつかへば、其仕方わろくてもよしとして是をすまし、賄すくなければ、よくてもわろしといひて濟さず。
新字:それも主君たる人正しければ、さすがに身分重き役人はおのづからたしなむ事もあれども、下下の役人は、上へはしれぬ事をよくのみこみ居るうへに、たとひ万一しれても身分かろければ、高をくくりて憚る所なく、何事にもこれをむさぼる也。又主君ぐるみに昧きは、上中下おしなべていよいよ甚しき事あり。其中にたとひたまたま廉直なる人有ても、其身分の役義ばかりこそ廉直なれ、外外の防ぎにはならず。又目附横目をつけても、多くは其人ぐるみに此道におちいる故に、益あることなし。惣体近世は何事によらず、此賄の行はれざる事はなくして、公事訴訟に横しまなるさばきをなし、刑罰にあたらざる事多きなどは申に及ばず、其外諸の作事普請などに付ても、此すぢもつばら行はるること也。それも少少づつの事はさても有べきなれ共、甚しき事のみ多くして、すべて賄を多くつかへば、其仕方わろくてもよしとして是をすまし、賄すくなければ、よくてもわろしといひて済さず。
書き下し
それも主君たる人正しければ、さすがに身分重き役人はおのづからたしなむ事もあれども、下々の役人は、上へはしれぬ事をよくのみこみ居るうへに、たとひ万一しれても身分かろければ、高をくくりて憚る所なく、何事にもこれをむさぼる也。又主君ぐるみに昧きは、上中下おしなべていよいよ甚しき事あり。其中にたとひたまたま廉直なる人有ても、其身分の役義ばかりこそ廉直なれ、外々の防ぎにはならず。又目附横目をつけても、多くは其人ぐるみに此道におちいる故に、益あることなし。惣体近世は何事によらず、此賄の行はれざる事はなくして、公事訴訟に横しまなるさばきをなし、刑罰にあたらざる事多きなどは申に及ばず、其外諸の作事普請などに付ても、此すぢもつばら行はるること也。それも少々づつの事はさても有べきなれ共、甚しき事のみ多くして、すべて賄を多くつかへば、其仕方わろくてもよしとして是をすまし、賄すくなければ、よくてもわろしといひて済さず。
現代語訳
それも主君である人が正しければ、さすがに身分の重い役人は自然と慎むこともあるけれども、下々の役人は、上には知れない事をよく心得ているうえに、たとえ万一知れても身分が軽いので、高をくくって遠慮するところなく、何事にもこれをむさぼるのである。また主君まで含めて道理に暗い場合は、上中下おしなべていよいよひどいことがある。その中にたとえたまたま清廉な人がいても、その身分の役目についてだけこそ清廉であって、よそよその防ぎにはならない。また目付・横目をつけても、多くはその人もろともこの道に落ち入るので、益のあることはない。総じて近世は何事によらず、この賄の行われない事はなく、公事訴訟で邪なさばきをし、刑罰が当を得ない事が多いなどは言うまでもなく、そのほか諸々の作事・普請などについても、この筋がもっぱら行われている。それも少しずつの事ならまだしもであるが、ひどい事ばかり多く、すべて賄を多く使えば、そのやり方が悪くてもよしとしてこれを済ませ、賄が少なければ、よくても悪いと言って済ませない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『不動智神妙録』諫言 其四 身を正す取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿乱舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て参られ、能を勧められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿楽の様に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、其の詫人より礼銀を受けとり、事を取り持つは、商人ばかりにて候や。商人の外にも、此の類あるべきことなり。答ふ、商人多くは道を聞かざる故、かやうの類有り。又道を知りて、事を取り捌く者は、左様の不義はせざることなり。仮令御領家領の庄屋年寄にても、上の正しき御政道を受けて、事を取り持つ身として、小百姓より、礼銀などを請け取ること有るべきに非ず。元来士と云はるる身が、下々より密々に、礼銀などを請くることあらば、定めて贔屓の沙汰に至るべし。下々と並んで、何ごとにても取り持つ人を、士と云ふべきか。其は盗人と云ふ者にて、士にはあらず。上にたつ人、下より賂などを受けて、政道たつべきや。仮令当分は知れずとも、天知る地知る我知る人知るなれば、終にはあらはれて、天の罰を受くべし。天罰を知らざる者、天下静謐の世に有るべからず。然れ共売人は士にあらざれば、かやうなる不義有るなり。毫釐ほども道に志あらば、なすべきことに非ず。
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『甲陽軍鑑』品第四十一国の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、礼物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善悪の弁もなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取成て、礼物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大将へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
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『秘本玉くしげ』下 使う者を罰すこれを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく咎められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの権道なるべきにや。
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『秘本玉くしげ』下 賄賂の損得すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。
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『秘本玉くしげ』下 賄賂は人情惣じて物を得ることを願ふは、千人万人まぬがれがたき人情のつねにて、本より然るべき理也。それに付ては、物を人のくるるを悦ぶも又人情なる故に、物を人に贈りて志のほどをあらはすも、本より然あるべき道理、古今いづれの国とても皆同じ事也。されば万の事に、その相手の人を悦ばせて其事を成就せんとはかるに、賄賂といふ物をつかふ事のあるも、おのづから然るべきいきほひ也。さて物を得るを悦ぶは本より人情なれば、その賄を受るもさのみ咎ともいひがたし。殊更此事、世中のなべてのならひと成ぬる事なれば、其人を深くとがむべき事にもあらず。然れ共、此賄の筋は甚国政の害となる事故に、古より深くこれをいましむる事なれども、とにかくに止がたきものにして、次第に増長し、近来は殊に甚しき事共あり。
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