秘本玉くしげ / 下 害と見えぬ害
さて金銀のやりくり取引をば、なるべきだけは省きて少なくするときは、自然とすこしづつも人情金銀にうとく遠ざかるやうになりて、面面の本業を大切にはげむやうになり、金銀にのみ目をかけて近道にはしるならひ、少少づつもうすらぎて、人の鄙劣なる心、輕薄の風儀も直るべきもの也。とかく下は上を見ならふものなれば、かやうの事も上のしならはせ計らひに有べきことにこそ。天下のため國のために害なる事世に多し。其中に、實は大に害あれども害と見えざる事もあり、又ここには益あれどもかしこに害ある事あり、又當分は益あるやうなれども後日に大害となることあり。これら皆人の惑ふこと也。國政をとらん人、つねに心を付らるべし。又眼前に大害としれながらも停めがたく、國君の勢にても公儀の御威光にても、俄には禁止しがたき事も多くある也。然るにその類を俄にしひて禁ぜんとするときは、却て又害を生じて、いかんともしがたき事もあるもの也。
新字:さて金銀のやりくり取引をば、なるべきだけは省きて少なくするときは、自然とすこしづつも人情金銀にうとく遠ざかるやうになりて、面面の本業を大切にはげむやうになり、金銀にのみ目をかけて近道にはしるならひ、少少づつもうすらぎて、人の鄙劣なる心、軽薄の風儀も直るべきもの也。とかく下は上を見ならふものなれば、かやうの事も上のしならはせ計らひに有べきことにこそ。天下のため国のために害なる事世に多し。其中に、実は大に害あれども害と見えざる事もあり、又ここには益あれどもかしこに害ある事あり、又当分は益あるやうなれども後日に大害となることあり。これら皆人の惑ふこと也。国政をとらん人、つねに心を付らるべし。又眼前に大害としれながらも停めがたく、国君の勢にても公儀の御威光にても、俄には禁止しがたき事も多くある也。然るにその類を俄にしひて禁ぜんとするときは、却て又害を生じて、いかんともしがたき事もあるもの也。
書き下し
さて金銀のやりくり取引をば、なるべきだけは省きて少なくするときは、自然とすこしづつも人情金銀にうとく遠ざかるやうになりて、面面の本業を大切にはげむやうになり、金銀にのみ目をかけて近道にはしるならひ、少少づつもうすらぎて、人の鄙劣なる心、軽薄の風儀も直るべきもの也。とかく下は上を見ならふものなれば、かやうの事も上のしならはせ計らひに有べきことにこそ。天下のため国のために害なる事世に多し。其中に、実は大に害あれども害と見えざる事もあり、又ここには益あれどもかしこに害ある事あり、又当分は益あるやうなれども後日に大害となることあり。これら皆人の惑ふこと也。国政をとらん人、つねに心を付らるべし。又眼前に大害としれながらも停めがたく、国君の勢にても公儀の御威光にても、俄には禁止しがたき事も多くある也。然るにその類を俄にしひて禁ぜんとするときは、却て又害を生じて、いかんともしがたき事もあるもの也。
現代語訳
さて、金銀のやりくりや取引を、なるべくできるだけ省いて少なくするときは、自然と少しずつでも人の心が金銀に疎く遠ざかるようになって、それぞれの本業を大切に励むようになり、金銀にばかり目をかけて近道に走る習いも少しずつ薄らいで、人の卑しい心や軽薄な風儀も直るはずのものである。とかく下は上を見習うものなので、このような事も上の仕来りや計らいにあるはずのことである。天下のため国のために害になる事は世に多い。その中には、実は大いに害があるけれども害と見えない事もあり、また、ここには益があるけれども、あちらには害がある事もあり、また、当座は益があるようだけれども後日に大害となる事もある。これらはみな人の惑うことである。国政を執ろうとする人は、いつも気をつけられるべきである。また、目の前に大害と知れていながらも止めがたく、国君の勢いによっても公儀の御威光によっても、にわかには禁止しがたい事も多くあるのである。それなのに、その類をにわかに無理に禁じようとするときは、かえってまた害を生じて、どうにもならないこともあるものである。
解説
この章句が説くこと
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『囲炉夜話』第百二十一則・己を正すは人を率ゐるの本たり種田の人、改めて廛市の生涯を習はば、定めて敗路と爲る。 讀書の人、甘んじて衙門の詞訟に與らば、便ち下流に入る。 己を正すは、人を率ゐるの本たり。成を守るには、創業の艱を念ふ。
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