秘本玉くしげ / 上 行列の人数
さて又、諸大名の江戶御往來の人數、殊の外に多きこと也。今の大名の御往來の人數は、全く軍陣の人數なり。平常の往來にかやうにおびただしき人數をめし具せらるる事は、和漢古來聞も及ばぬことにて、無益の費おほかるべき事也。但しこれは、昔し戰國より間近かりし時代の御定めにて、武備にあづかり公儀へかかはりし御事にて、今私に減少はなりがたきわけも有べきかしらねども、今の治平の御代の有樣にとりては、大に減少し玉ひて五分の一ぐらゐにても宜しかるべく思はるること也。さて主人の人數の多きに准じて、家中の人人の常常の往來の人數も甚多し。一僕にても宜しかるべきほどの人も三人五人めしつれ、三人五人ぐらゐにて宜しかるべきをりも廿人卅人五十人もめしつれらるる。かやうに人數は多けれども、眞さかの時の用にも立べき供まはりはまれなるべければ、これ皆無益の人數にて、ただ外見の美美しきと、途中身の用事を自由に辨ずることの二つには過ず。
新字:さて又、諸大名の江戸御往来の人数、殊の外に多きこと也。今の大名の御往来の人数は、全く軍陣の人数なり。平常の往来にかやうにおびただしき人数をめし具せらるる事は、和漢古来聞も及ばぬことにて、無益の費おほかるべき事也。但しこれは、昔し戦国より間近かりし時代の御定めにて、武備にあづかり公儀へかかはりし御事にて、今私に減少はなりがたきわけも有べきかしらねども、今の治平の御代の有様にとりては、大に減少し玉ひて五分の一ぐらゐにても宜しかるべく思はるること也。さて主人の人数の多きに准じて、家中の人人の常常の往来の人数も甚多し。一僕にても宜しかるべきほどの人も三人五人めしつれ、三人五人ぐらゐにて宜しかるべきをりも廿人卅人五十人もめしつれらるる。かやうに人数は多けれども、真さかの時の用にも立べき供まはりはまれなるべければ、これ皆無益の人数にて、ただ外見の美美しきと、途中身の用事を自由に弁ずることの二つには過ず。
書き下し
さて又、諸大名の江戸御往来の人数、殊の外に多きこと也。今の大名の御往来の人数は、全く軍陣の人数なり。平常の往来にかやうにおびただしき人数をめし具せらるる事は、和漢古来聞も及ばぬことにて、無益の費おほかるべき事也。但しこれは、昔し戦国より間近かりし時代の御定めにて、武備にあづかり公儀へかかはりし御事にて、今私に減少はなりがたきわけも有べきかしらねども、今の治平の御代の有様にとりては、大に減少し玉ひて五分の一ぐらゐにても宜しかるべく思はるること也。さて主人の人数の多きに准じて、家中の人人の常常の往来の人数も甚多し。一僕にても宜しかるべきほどの人も三人五人めしつれ、三人五人ぐらゐにて宜しかるべきをりも廿人卅人五十人もめしつれらるる。かやうに人数は多けれども、真さかの時の用にも立べき供まはりはまれなるべければ、これ皆無益の人数にて、ただ外見の美美しきと、途中身の用事を自由に弁ずることの二つには過ず。
現代語訳
さてまた、諸大名の江戸への御往来の人数がことのほか多いことである。今の大名の御往来の人数は、まったく軍陣の人数である。平常の往来にこのようにおびただしい人数を召し連れられることは、和漢古来聞き及ばないことで、無益の費えが多いはずのことである。ただしこれは、昔の戦国から間近かった時代の御定めであって、武備にかかわり公儀(幕府)へかかわる御事であるから、今自分勝手に減らすことはできないわけもあるのかは知らないが、今の治平の御代の有様にとっては、大いに減らされて五分の一ぐらいでもよいだろうと思われることである。さて主人の人数が多いのに準じて、家中の人々の常々の往来の人数もたいへん多い。一人の供でもよいほどの人も三人、五人を召し連れ、三人、五人ぐらいでよいはずの折にも二十人、三十人、五十人も召し連れられる。このように人数は多いけれども、いざという時の役にも立つはずの供回りはまれであろうから、これはみな無益の人数であって、ただ外見の華やかさと、道中で身の用事を自由に済ませることの二つに過ぎない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『秘本玉くしげ』上 無益の物の費えおよそ人間の用をなす一切の物は、其本は皆地より生ずる事なるが、其中に無てかなはぬ物と、無益のおごりに用る物とあるを、世上のおごり長じぬれば、その無益の事に多くの物を費す。その無益の物のために田地山林多くつゐへて、有用の物の出る妨となり、又無益の事にさまざま人の手間入事多き故に、有用の業をなすべき者もその無益のわざをなして世を渡る。これ天下の手間の費にして、かの無益の物に土地をつゐやすも同じ事也。然るに世人此子細をわきまへずして、何ごとをしてなりとも人の渡世になる事多く、商事おほければ、世上のにぎはひ繁昌也と心得るはひが事也。平民の身一分のうへにては、いかにも何わざをしてなりとも金銀を得る事の多きが利なれども、上に立て民を治むる人の身にとりては、領内おしならして利益あることならでは損ある也。たとへば、城下はにぎはふて商人は利を得る事多くても、在在百姓のつまりとなりては、本を失ふて末を益する也。但しこれは天下と一国一国との差別あり。
-
孫子・作戦篇夫れ兵久しくして国の利ある者は未だこれ有らざるなり。
-
『呻吟語』内篇・問學・入耳出口の學上に吐き下に瀉すの疾は、日に飲食を進むと雖も、憔悴に補ふ無し。耳に入り口に出づるの學は、日に講究を事とすと雖も、身心に益無し。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・皆な揠苗の見なり卜築を問ふ者も亦た然り。天下豈に兒の下迫せざるに強ひて自ら催生するの理有らんや。大抵皆な揠苗の見なり。
-
『秘本玉くしげ』上 大切にしすぎる害すべての事を余りに大切に重重敷する時は、只無益の費、無益の扱ひのみ多くして、却て其本意の実をば失ひ、表向計りになり、麁末に取扱ふよりは結句遥に劣る事も多く、又却て手行の甚悪き事多し。譬へば、直に御前へ達してもよき事をも、爰の役人の手を経、かしこの役所へ伺ひ抔、彼此とする故に、無益の人手間かかり、紙筆の費抔のみ有て、却て急ぎの御用の弁じ抔は滞りて、何の益はなし。万の事是に准じて知べし。
-
『呻吟語』内篇・問學・強聒雜施は吾が儒の戒め人と善を為すは、真に是れ好き念頭なり。知らず、心に理路無き者は、淡くして覺えず。道相同じからざる者は、拂ひて入らず。強聒雜施は、吾が儒の戒めなり。孔子の憤を啟き悱を發し、三隅を復し、中人以下には上を語らざるは、豈に是れ人に誨ふるに倦めるか。兩つながら益無きを謂ふのみ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る