秘本玉くしげ / 上 大切にしすぎる害
すべての事を餘りに大切に重重敷する時は、只無益の費、無益の扱ひのみ多くして、却て其本意の實をば失ひ、表向計りになり、麁末に取扱ふよりは結句遙に劣る事も多く、又却て手行の甚惡き事多し。譬へば、直に御前へ達してもよき事をも、爰の役人の手を經、かしこの役所へ伺ひ抔、彼此とする故に、無益の人手間かかり、紙筆の費抔のみ有て、却て急ぎの御用の辨じ抔は滯りて、何の益はなし。万の事是に准じて知べし。
新字:すべての事を余りに大切に重重敷する時は、只無益の費、無益の扱ひのみ多くして、却て其本意の実をば失ひ、表向計りになり、麁末に取扱ふよりは結句遥に劣る事も多く、又却て手行の甚悪き事多し。譬へば、直に御前へ達してもよき事をも、爰の役人の手を経、かしこの役所へ伺ひ抔、彼此とする故に、無益の人手間かかり、紙筆の費抔のみ有て、却て急ぎの御用の弁じ抔は滞りて、何の益はなし。万の事是に准じて知べし。
書き下し
すべての事を余りに大切に重重敷する時は、只無益の費、無益の扱ひのみ多くして、却て其本意の実をば失ひ、表向計りになり、麁末に取扱ふよりは結句遥に劣る事も多く、又却て手行の甚悪き事多し。譬へば、直に御前へ達してもよき事をも、爰の役人の手を経、かしこの役所へ伺ひ抔、彼此とする故に、無益の人手間かかり、紙筆の費抔のみ有て、却て急ぎの御用の弁じ抔は滞りて、何の益はなし。万の事是に准じて知べし。
現代語訳
すべての事をあまりに大切に重々しくするときは、ただ無益の費え、無益の取り扱いばかりが多くなって、かえってその本来の目的の実質を失い、表向きばかりになり、粗末に取り扱うよりは結局はるかに劣ることも多く、またかえって手際のたいへん悪いことが多い。たとえば、直接に御前へ届けてもよいことをも、ここの役人の手を経、あそこの役所へ伺いを立てるなど、あれこれとするので、無益の人手間がかかり、紙や筆の費えなどばかりがあって、かえって急ぎの御用の処理などは滞って、何の益もない。万事これに準じて知るべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 無益の物の費えおよそ人間の用をなす一切の物は、其本は皆地より生ずる事なるが、其中に無てかなはぬ物と、無益のおごりに用る物とあるを、世上のおごり長じぬれば、その無益の事に多くの物を費す。その無益の物のために田地山林多くつゐへて、有用の物の出る妨となり、又無益の事にさまざま人の手間入事多き故に、有用の業をなすべき者もその無益のわざをなして世を渡る。これ天下の手間の費にして、かの無益の物に土地をつゐやすも同じ事也。然るに世人此子細をわきまへずして、何ごとをしてなりとも人の渡世になる事多く、商事おほければ、世上のにぎはひ繁昌也と心得るはひが事也。平民の身一分のうへにては、いかにも何わざをしてなりとも金銀を得る事の多きが利なれども、上に立て民を治むる人の身にとりては、領内おしならして利益あることならでは損ある也。たとへば、城下はにぎはふて商人は利を得る事多くても、在在百姓のつまりとなりては、本を失ふて末を益する也。但しこれは天下と一国一国との差別あり。
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史記 趙世家且つ服奇なる者は志淫なりとせば、則ち是れ鄒・魯に奇行無きなり。俗辟なる者は民易なりとせば、則ち是れ呉・越に秀士無きなり。且つ聖人は身を利するを之を服と謂ひ、事を便にするを之を礼と謂ふ。夫れ進退の節、衣服の制は、常民を斉しくする所以なり。賢者を論ずる所以に非ざるなり。
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『呻吟語』内篇・應務・習尚の人を壞るは狂泉を飲むが如し士君子の相與するや、必ず諸を禮義に協へ、世俗の計較一切を將て脫し盡くすを求む。今世禮を知ると號する者は、全く聖賢の本意を理會せず、只だ是れ節文習熟し、事體諳練し、燦然として觀る可し。人便ち之を稱し、自家欣然として自得し、泰然として人を責む。嗟夫、繁文彌いよ尚ばれてより先王の道湮沒す。天下の苦だ相責め、群がりて相逐ふ者は、皆な末世の靡文なり。之を道に求むれば、十に九は合はず。此れを之れ習尚と謂ふ。習尚の人を壞るは、狂泉を飲むが如し。
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『墨子』魯問子墨子曰く、曹公子を出だして宋に於いてす。三年にして反る。子墨子を睹て曰く、「始め吾れ子の門に游びしとき、短褐の衣、藿羮も朝に之を得れば則ち夕に得ず、鬼神を祭祀す。而して夫子の政を以て家、始めより厚し。家、厚きこと有りて謹んで鬼神を祭祀す。然り而して人徒、多く死し、六畜、蕃らず、身は病に湛む。吾れ未だ夫子の道の用う可きを知らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ鬼神の人に欲する所の者は多し。人の髙爵禄に處らば則ち以て賢に讓り、財多ければ則ち以て貧に分かつを欲す。夫れ鬼神、豈に唯だ擢季拑肺を之れ欲せんや。今、子は髙爵禄に處りて以て賢に讓らず、一の不祥なり。財多くして以て貧に分かたず、二の不祥なり。今、子、鬼神に事うるは、唯だ祭るのみ。而して曰く、『病、何自り至れるか』と。是れ猶お百門にして一門を閉じて、『盜、何從り入らん』と曰うがごときなり。是くの若くして福を求むるは、怪の鬼に於いて有らんや。豈に可ならんや」と。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る人来り曰く何某は殊勝の僧にて、常に誦経計せらるゝ也。師聞て曰く、夫れても娑婆は大切なるべしと也。
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孫子・作戦篇夫れ兵久しくして国の利ある者は未だこれ有らざるなり。
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