日暮硯 / 『日暮硯』役人に告げる方針と遊びの許し
一、夫より木工、又老職を初めとし、諸役人を極められ、誓紙の取り替し相濟みし上申され候は、各々御存じの通り江戶表に於て、拙者へ勘略奉行被仰付候へ共、元來不調法者ゆへ、私一人にて中々相勤り候筈御座なく候間、萬事お心添へ下さるべく候、扨て又、いかに勘略を致せばとて、只今の通り、殿樣召し上られ候ものは勿論其の外御前向き御用の節は、一向勘略相成り申すまじく候、十萬石相應に致さず候ては、相濟ざる事に候、外々の儀に付、萬事費へなる事は隨分勘略致すべき事に候へ共、御前向きの儀は、古來の通り致すべく候間、各々左樣にお心得成さるべく候扨て又、各々方を初め、下々まで、只今までは、御知行に步一の引けこれ有り候へ共、手前役儀の內は、一向步一も引き申さず、本高の通り、月々屹度御渡し申すべく候間、左樣に御心得成さるべく候、其の代りに、御奉公屹と相勤めらるべく候、既に下され候知行、一向引なしに被下候上は、御奉公に少々の麁略これあり候ても拙者が免し申さず、屹度曲事に申し付くべく候間、各々方下役、下支配まで、此の段、屹と仰せ觸れらるべく候、右の通り、御奉公大切に御勤めの上は、非番の節は何なりとも御銘々、好きたる事をしてお樂しみ成さるべく候、詩歌、俳諧、謠、鼓等は勿論、淨瑠璃、三味線、慰めには、博奕なりとも、御奉公屹度お勤めの上、餘分有りて致さるゝ事なれば、如何之儀にても苦しからず候、人は各々相應の樂しみこれ無く候ては、平生屹と勤り不申候間、隨分、分に應じ、たのしみも致さるべく候、勘略の儀も、急々には致し方も御座無く候間、先づ諸事只今迄の通り致さるべく候と申し渡され候て、公の御歸城を相待ち居られ、其の間に、萬事工夫致され候由なり。
新字:一、夫より木工、又老職を初めとし、諸役人を極められ、誓紙の取り替し相済みし上申され候は、各々御存じの通り江戸表に於て、拙者へ勘略奉行被仰付候へ共、元来不調法者ゆへ、私一人にて中々相勤り候筈御座なく候間、万事お心添へ下さるべく候、扨て又、いかに勘略を致せばとて、只今の通り、殿様召し上られ候ものは勿論其の外御前向き御用の節は、一向勘略相成り申すまじく候、十万石相応に致さず候ては、相済ざる事に候、外々の儀に付、万事費へなる事は随分勘略致すべき事に候へ共、御前向きの儀は、古来の通り致すべく候間、各々左様にお心得成さるべく候扨て又、各々方を初め、下々まで、只今までは、御知行に歩一の引けこれ有り候へ共、手前役儀の内は、一向歩一も引き申さず、本高の通り、月々屹度御渡し申すべく候間、左様に御心得成さるべく候、其の代りに、御奉公屹と相勤めらるべく候、既に下され候知行、一向引なしに被下候上は、御奉公に少々の麁略これあり候ても拙者が免し申さず、屹度曲事に申し付くべく候間、各々方下役、下支配まで、此の段、屹と仰せ触れらるべく候、右の通り、御奉公大切に御勤めの上は、非番の節は何なりとも御銘々、好きたる事をしてお楽しみ成さるべく候、詩歌、俳諧、謡、鼓等は勿論、浄瑠璃、三味線、慰めには、博奕なりとも、御奉公屹度お勤めの上、余分有りて致さるゝ事なれば、如何之儀にても苦しからず候、人は各々相応の楽しみこれ無く候ては、平生屹と勤り不申候間、随分、分に応じ、たのしみも致さるべく候、勘略の儀も、急々には致し方も御座無く候間、先づ諸事只今迄の通り致さるべく候と申し渡され候て、公の御帰城を相待ち居られ、其の間に、万事工夫致され候由なり。
書き下し
一、夫より木工、又老職を初めとし、諸役人を極められ、誓紙の取り替し相濟みし上申され候は、各々御存じの通り江戶表に於て、拙者へ勘略奉行被仰付候へ共、元來不調法者ゆへ、私一人にて中々相勤り候筈御座なく候間、萬事お心添へ下さるべく候、扨て又、いかに勘略を致せばとて、只今の通り、殿樣召し上られ候ものは勿論其の外御前向き御用の節は、一向勘略相成り申すまじく候、十萬石相應に致さず候ては、相濟ざる事に候、外々の儀に付、萬事費へなる事は隨分勘略致すべき事に候へ共、御前向きの儀は、古來の通り致すべく候間、各々左樣にお心得成さるべく候扨て又、各々方を初め、下々まで、只今までは、御知行に步一の引けこれ有り候へ共、手前役儀の內は、一向步一も引き申さず、本高の通り、月々屹度御渡し申すべく候間、左樣に御心得成さるべく候、其の代りに、御奉公屹と相勤めらるべく候、既に下され候知行、一向引なしに被下候上は、御奉公に少々の麁略これあり候ても拙者が免し申さず、屹度曲事に申し付くべく候間、各々方下役、下支配まで、此の段、屹と仰せ觸れらるべく候、右の通り、御奉公大切に御勤めの上は、非番の節は何なりとも御銘々、好きたる事をしてお樂しみ成さるべく候、詩歌、俳諧、謠、鼓等は勿論、淨瑠璃、三味線、慰めには、博奕なりとも、御奉公屹度お勤めの上、餘分有りて致さるゝ事なれば、如何之儀にても苦しからず候、人は各々相應の樂しみこれ無く候ては、平生屹と勤り不申候間、隨分、分に應じ、たのしみも致さるべく候、勘略の儀も、急々には致し方も御座無く候間、先づ諸事只今迄の通り致さるべく候と申し渡され候て、公の御歸城を相待ち居られ、其の間に、萬事工夫致され候由なり。
現代語訳
一、それから木工は、また老職をはじめ、諸役人を集められ、誓紙の取り交わしが済んだうえで、こう申された。皆様ご存じの通り、江戸表で私に勘略奉行が仰せ付けられましたが、もとより不調法者ですので、私一人ではとても勤まるはずがございません。万事、お心添えをくださるようお願いします。さて、いかに勘略をするといっても、現在の通り、殿様が召し上がるものは言うまでもなく、そのほかご前向きの御用の際には、まったく勘略はできません。十万石に相応のことをしなければ済まないことです。ほかのことについては、すべて費えとなることはずいぶん勘略するつもりですが、ご前向きのことは、古来の通りにいたしますので、皆様そのようにお心得ください。さてまた、皆様をはじめ下々まで、今までは知行に歩一(一割)の引き(減額)がありましたが、私の役儀の間は、少しも歩一を引かず、本高の通り、毎月きっとお渡しします。皆様はそのようにお心得ください。その代わり、ご奉公はきっと勤めてください。すでにお下しする知行を引き無しで差し上げるうえは、ご奉公に少しでも粗略があれば、私は許さず、必ず処罰しますので、皆様の下役、下支配まで、この旨をきっとお触れください。このように、ご奉公を大切にお勤めになるうえは、非番のときは何でも各自お好きなことをして楽しまれるがよい。詩歌、俳諧、謡、鼓などはもちろん、浄瑠璃、三味線、慰みには博奕であっても、ご奉公をきっと勤めたうえで、余分があってなさることなら、どのようなことでも差し支えありません。人は各々相応の楽しみがなければ、普段きちんと勤まらないものですから、ずいぶん分に応じ、楽しみもなさるがよい。勘略のことも、急には仕方がございませんので、まず諸事、今までの通りになさってください」と申し渡して、公のご帰城を待ち、その間に万事工夫なさったということである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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日暮硯・『日暮硯』噓を言わず、二度変えない一、扨て其の定日に至れば、御家老を初め、役人中、殘らず、御殿大廣間へ出席、恩田木工殿、中央に坐し、百姓共を呼び出され、申し渡され候趣は、「皆々、先達て聞き及びの通り、手前儀を江戶表へ召され、御親類樣方御列座にて、勘略奉行仰せ付けられ候、只管御辭退申上候へ共、御免これ無きに付、據なく御請は申し上げたれども、自分の働きにて此の役儀、相勤まり候事、思ひも寄らず、今日は、一同の者と、篤と相談いたしたく呼び寄せ候間、先づ手前の申す儀を、一と通り聞き、其の上、皆々存じ寄りを申すべく候、偖て殿樣の御勝手、其だしく御不如意の爲め、唯今まで御領分の者共も、殊の外難儀いたし候上に、此度手前、又勘略奉行に相成り候へば、猶以て御領分中の難儀に相成り申す事これ有るべく、氣の毒なる事に候、就ては第一に、手前儀は向後、噓言を一切言はざる積りにて、申付けたる事、二度變替は致さず候間、此の段豫て皆々、しかと相心得居り申すべく候。猶又向後一同の者も、手前と肌を合せ、萬事相談して吳れざれば、勘略は出來申さず、手前儀も御役目相勤まらず候間、何事も心安く、手前と相談づくにして貰ひたし、是が第一に皆々へ、手前より賴みなり。尙此の上手前申す儀を、皆々得心致しくれ候へば、役儀も相勤り候へ共、若し皆々、不得心なれば、手前役儀は相勤まらず候間、切腹致すより外これ無く候、手前に首尾よく役儀勤めさせ吳れるも、切腹さするも、皆々の了簡次第なり、如何致し吳れ申すべきや、皆々の所存を聞きたく候。然し、唯斯樣にばかり申しては、皆々、返答も出來まじく、今日は先づ手前が申す事を、よく〱聞き覺えて宅へ歸り、惣百姓と篤と相談して、追て返答して吳れよ。
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日暮硯・『日暮硯』賄賂・足軽・諸役の免除其の相談する趣は、第一先にも申す通り、手前儀うそを言はざる積り故、申したる事、再び變改致さず候間、左樣心得て吳れよ、若しうそを言はざれば、皆々の爲にあしかるべきや、いかゞ思ふや」と尋ねられしに、皆々「只今迄御役人樣、うそを仰せられ、御だまし成され候爲め、難儀仕り候、向後、一度仰せられ候事再び御變改遊ばされずとの仰せは、千萬有り難き仕合せに御座候」と申し上げ候へば、「然らば先づ其の儀は皆々得心してくれ、手前も滿足なり、扨て手前儀、祝儀愁歎に依らず、惣じて音物は一向受けず候間、何程輕き品たりとも、向後持參無用に致すべく候、それ共賄賂を取らざれば、皆々難儀すべきや」「有り難き思召に御座候」「巳後皆々、願ひの筋は、手前承り屆け候に付、外へ賄賂を遣すに及ばず、惣じて諸役人中へも向後進物致し候こと、堅く無用に致すべく候」「畏り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて、滿足致し候。扨て次に、只今まで、千人の足輕の內、百人は所々の番人等に殘し置き、九百人を月々在方へ年貢催促に差出し候由、左樣に候や」「成る程左樣にて御座候」「其の足輕、向後は一人も出さぬ積りなれば、左樣に相心得べし、それ共、出し付けたものを出さずに置き候ては、皆々難儀致すべきや如何」「其の儀は猶以て有り難き御事に御座候、御足輕衆、在方に御出候ては、御年貢ばかりにてこれ無く、五日も七日も逗留の上、荒びられ候に付、諸人難儀仕り候處、一人も御出し成され間敷との事、千萬有り難き仕合せに存じ奉り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて滿足なり。扨て次に、手前儀も、永き事は計り難く、先づ五ヶ年程は此の役儀相勤め候積り故其の間、地方普請等の儀は格別、百姓共上へ相勤め候諸役は、一切免じ候積りに付左樣に相心得べく候、それ共皆々、役儀に出でず候ては、難儀なるべきや如何」「諸役共に御免とは、重々有り難き仕合に御座候」「然らば此儀も皆々得心致し候て、滿足なり、是れまで手前が申せし事、皆々得心にて、滿足致し候。然らば其の方等申す通りに相心得異存なきや」「畏り奉り候」「偖是より次の段は、一層皆々と能く相談せねば成らぬ事なり、皆能く聞いて吳れよ」と言へば「畏り奉り候」と平伏す。
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日暮硯・『日暮硯』楽しめと言い自分は質素一、木工殿は、家中を初め、御領分中へ、相應には樂みをせよとて、慰めには博奕なりとも、何にても好きたる事をして樂しめと、一向言ひきかせて、自分には、隨分質素に暮し、子供に迄飯と汁より外は菜を喰はせず、文學、武藝を第一に稽古させ自分は文武の稽古の外に、專ら佛神を信仰して、現當二世を祈り、又御前へも、「治世亂世ともに文武兩道は武士の常にて御座候へば、片時もわすれては相成らざる儀に御座候間、隨分御學文を遊ばされ、武藝は倘ほ以て晝夜とも御はげみ遊ばされ候へ、其の上佛神の御加護に御座なく候ては、諸願果て申さず候、不信心なれば苦難多く御座候間、御信心も遊ばされ、佛神の御加護を御祈り遊ばされ候事、是又武士たる者平生心掛けの一大事にて御座候」と申上候へば、公にも甚だ御悅氣にて、夫れより益々御信心御增進遊ばされ、文武兩道共、一入御出精遊ばさるゝゆへ、誰教ゆるとなしに、幼少の子供まで、文武兩道に精力を盡し、禁ぜずして博奕するもの一人も無く、自ら御家中も裕福に成り、盜みするものなければ、公の御勝手も忽ちに直り、五ヶ年立たぬうちに、御金も夥しく出來、御領へも利安にて御貸金が出で候故、自然と御領分も豐かに相成り、諸人歡び樂しみ暮すとかや、實に有り難き御政道なり。
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