日暮硯 / 『日暮硯』飼鳥を勧めた者の献立
古人言ふ有り、曰く「一代の君必ず一代の臣下有り」と、誠なる哉、此の言。爰に信州川中島の城主眞田公、幼童の頃より當今に至る迄の御政務を傳へ承るに、實に近代の賢君、當時の名將なり。ある時、御側衆、御慰みに御飼鳥遊ばされ然るべき旨お勸め申上候へば、公の仰せに「飼鳥は宜しきものか」とあり、「お慰みにも相成り、第一お目覺めの爲に宜しく御座候」由申上候へば、公、「元來よろしきものにて慰めにもなるならば飼て見るべし、萬事は其方へ申付くべく候間宜しく取計らひ申すべし」と仰せられ候彼の者、「畏り奉り候」と御請け申上げ退出す。公、即刻作事奉行を召され、鳥籠入用につき、高さ七尺餘り、長さ九尺餘り、幅六尺餘り、溜塗にして金具を打ち、隨分立派に急ぎ拵へ候へと被仰付候。程なく出來上り、御居間の椽側へ据置く、乃ち彼の飼鳥をお勸め申上候者召出されて、鳥籠出來致し候間見よと仰せられ候ゆへ、見候て「結構に出來仕候」と申上ぐれば、「其方氣に入り候や」との御尋ね、「成る程鳥籠には是より上はこれ有るまじく存じ奉り候、假令江戶表にて上樣が御飼鳥遊ばされ候とも、是より外に致方も無御座候」と申候へば、「其方にさへ氣に入り候へば滿足」と仰せらる。「然らば急に鳥の才覺仕るべく哉」と申上候へば、「イヤ鳥の才覺は急ぐ事なし、追て申付くべし先づ献立を一通、其方が思ひ入次第に仕立候へ」と仰付られ候、「其儀は唯今まで拵へ見候覺えも御座なく候、甚だ不調法に御座候、御免下され候樣に」と申上候へば、「如何樣にも仕立かへ、其方が心に是にてよしとさへ思へばよく候間、先づ拵へて見候樣に」と重ねて仰せ付られ候。よんどころなく、「畏り奉り候」とお請け申上げ、即ち御料理人などゝ相談の上仕立候て献立相認め、御前へ差出し候處、御覽の上、「宜しく出來候、其方が心にも是にてよしと存じ候や」との御尋ね、「不調法にて此外には致方も存じ奉らず」と申上候へば、「其方が心にさへ叶ひ候へば我も滿足」との仰せにて、即ち、御料理人へ、此の通りの料理二人前、明日晝飯に拵へ候樣にと仰せ付らる。
新字:古人言ふ有り、曰く「一代の君必ず一代の臣下有り」と、誠なる哉、此の言。爰に信州川中島の城主真田公、幼童の頃より当今に至る迄の御政務を伝へ承るに、実に近代の賢君、当時の名将なり。ある時、御側衆、御慰みに御飼鳥遊ばされ然るべき旨お勧め申上候へば、公の仰せに「飼鳥は宜しきものか」とあり、「お慰みにも相成り、第一お目覚めの為に宜しく御座候」由申上候へば、公、「元来よろしきものにて慰めにもなるならば飼て見るべし、万事は其方へ申付くべく候間宜しく取計らひ申すべし」と仰せられ候彼の者、「畏り奉り候」と御請け申上げ退出す。公、即刻作事奉行を召され、鳥籠入用につき、高さ七尺余り、長さ九尺余り、幅六尺余り、溜塗にして金具を打ち、随分立派に急ぎ拵へ候へと被仰付候。程なく出来上り、御居間の椽側へ据置く、乃ち彼の飼鳥をお勧め申上候者召出されて、鳥籠出来致し候間見よと仰せられ候ゆへ、見候て「結構に出来仕候」と申上ぐれば、「其方気に入り候や」との御尋ね、「成る程鳥籠には是より上はこれ有るまじく存じ奉り候、仮令江戸表にて上様が御飼鳥遊ばされ候とも、是より外に致方も無御座候」と申候へば、「其方にさへ気に入り候へば満足」と仰せらる。「然らば急に鳥の才覚仕るべく哉」と申上候へば、「イヤ鳥の才覚は急ぐ事なし、追て申付くべし先づ献立を一通、其方が思ひ入次第に仕立候へ」と仰付られ候、「其儀は唯今まで拵へ見候覚えも御座なく候、甚だ不調法に御座候、御免下され候様に」と申上候へば、「如何様にも仕立かへ、其方が心に是にてよしとさへ思へばよく候間、先づ拵へて見候様に」と重ねて仰せ付られ候。よんどころなく、「畏り奉り候」とお請け申上げ、即ち御料理人などゝ相談の上仕立候て献立相認め、御前へ差出し候処、御覧の上、「宜しく出来候、其方が心にも是にてよしと存じ候や」との御尋ね、「不調法にて此外には致方も存じ奉らず」と申上候へば、「其方が心にさへ叶ひ候へば我も満足」との仰せにて、即ち、御料理人へ、此の通りの料理二人前、明日昼飯に拵へ候様にと仰せ付らる。
書き下し
古人言ふ有り、曰く「一代の君必ず一代の臣下有り」と、誠なる哉、此の言。爰に信州川中島の城主眞田公、幼童の頃より當今に至る迄の御政務を傳へ承るに、實に近代の賢君、當時の名將なり。ある時、御側衆、御慰みに御飼鳥遊ばされ然るべき旨お勸め申上候へば、公の仰せに「飼鳥は宜しきものか」とあり、「お慰みにも相成り、第一お目覺めの爲に宜しく御座候」由申上候へば、公、「元來よろしきものにて慰めにもなるならば飼て見るべし、萬事は其方へ申付くべく候間宜しく取計らひ申すべし」と仰せられ候彼の者、「畏り奉り候」と御請け申上げ退出す。公、即刻作事奉行を召され、鳥籠入用につき、高さ七尺餘り、長さ九尺餘り、幅六尺餘り、溜塗にして金具を打ち、隨分立派に急ぎ拵へ候へと被仰付候。程なく出來上り、御居間の椽側へ据置く、乃ち彼の飼鳥をお勸め申上候者召出されて、鳥籠出來致し候間見よと仰せられ候ゆへ、見候て「結構に出來仕候」と申上ぐれば、「其方氣に入り候や」との御尋ね、「成る程鳥籠には是より上はこれ有るまじく存じ奉り候、假令江戶表にて上樣が御飼鳥遊ばされ候とも、是より外に致方も無御座候」と申候へば、「其方にさへ氣に入り候へば滿足」と仰せらる。「然らば急に鳥の才覺仕るべく哉」と申上候へば、「イヤ鳥の才覺は急ぐ事なし、追て申付くべし先づ献立を一通、其方が思ひ入次第に仕立候へ」と仰付られ候、「其儀は唯今まで拵へ見候覺えも御座なく候、甚だ不調法に御座候、御免下され候樣に」と申上候へば、「如何樣にも仕立かへ、其方が心に是にてよしとさへ思へばよく候間、先づ拵へて見候樣に」と重ねて仰せ付られ候。よんどころなく、「畏り奉り候」とお請け申上げ、即ち御料理人などゝ相談の上仕立候て献立相認め、御前へ差出し候處、御覽の上、「宜しく出來候、其方が心にも是にてよしと存じ候や」との御尋ね、「不調法にて此外には致方も存じ奉らず」と申上候へば、「其方が心にさへ叶ひ候へば我も滿足」との仰せにて、即ち、御料理人へ、此の通りの料理二人前、明日晝飯に拵へ候樣にと仰せ付らる。
現代語訳
古人は「一代の君主には必ず一代の臣下がいる」と言うが、まことにその通りである。ここに信州川中島の城主、真田公が幼い頃から今に至るまでの政務を伝え聞くと、実に近ごろの賢君、当代の名将である。あるとき、側近の者が、お慰みに鳥をお飼いになるのがよろしいと勧め申し上げたところ、公は「飼鳥はよいものか」と言われた。「お慰みにもなり、何よりお目覚ましのためによろしゅうございます」と申し上げると、公は「元来よいもので慰めにもなるのなら、飼ってみよう。万事はそなたに申し付けるので、よく取り計らうように」と仰せになり、その者は「かしこまりました」とお受けして退出した。公はすぐに作事奉行を召され、鳥籠が入り用になったので、高さ七尺余り、長さ九尺余り、幅六尺余りで、溜塗にして金具を打ち、できるだけ立派に急いでこしらえよと命じられた。間もなく出来上がり、お居間の縁側に据え置かれた。そこで、飼鳥を勧めた者を召し出し、鳥籠が出来たから見よと言われたので、見て「立派に出来上がりました」と申し上げると、「そなたは気に入ったか」とお尋ねがあった。「なるほど鳥籠としてはこれ以上のものはないと存じます。たとえ江戸表で上様が鳥をお飼いになるとしても、これ以外にしようもございません」と申し上げると、「そなたさえ気に入れば満足だ」と言われる。「それでは急いで鳥の手配をいたしましょうか」と申し上げると、「いや、鳥の手配は急がない。後で申し付ける。まず献立を一通り、そなたの思うままに仕立てよ」と命じられた。「そのようなことは今まで作ってみた覚えもなく、まことに不調法でございますので、お許しください」と申し上げると、「どのように仕立て直してもよい。そなた自身の心にこれでよいと思えるものを、まず作ってみよ」と重ねて命じられた。やむを得ず「かしこまりました」とお受けし、料理人などと相談のうえで献立を仕立てて書き、御前に差し出したところ、公はご覧になって、「よく出来た。そなたの心にもこれでよいと思うか」とお尋ねになった。「不調法で、これ以外にはしようも存じません」と申し上げると、「そなたの心にかなうなら、私も満足だ」と言われ、すぐに料理人へ、この通りの料理を二人前、明日の昼食にこしらえるよう命じられた。
解説

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日暮硯・『日暮硯』諫言は百千倍の忠義若しまた重ねて勸むる者あらんには、我もまた飼鳥する心になるまじきものにもあらず、然し、かく其方を籠の內へ入れ、物を喰はせ、はぢしめての上は、再び飼鳥をすゝむる者、一人も有るまじ、我も亦飼鳥仕たき心になりても、其方へ對し飼ふ事ならず、其の外萬事に氣を付け、嗜まざればならぬこと故、我身の愼みには、諫言しくれしよりも、却て百千倍の忠義、莫大の奉公なり。其の上一人の心は千萬人の心なれば、我れ一人飼鳥を好むならば、少分なれども、我が領分十萬石のもの、殘らず飼鳥を好むべし。然らばこれ、如何ほどの惡事とも計り難し。今其方が籠の內にて物を喰ひし奉公にて、家中の者は申すに及ばず、領分の內も、飼鳥せし者も皆止べし、然らば是れ夥しき善事なるべし、又惡事としらずして此上我に勤るもの一人もあるまじく、却つて我に惡事あらば、諫言するもの多かるべし、然らば其方一人の奉公にて、大勢の人に善事をすゝむる師範となりたれば、殊の外なる善根をなしたるなり。面眉を闘いて殘念なる事なり抔と思ふことなかれ。唯今までの通り相替らず奉公せよ、心外の事、微塵もなし、我れには忠義、諸人には善事を勸むる指南役、此の上もなく大切なるものにて、當家繁昌の基を開く、是皆其方一人の働きなり。依之褒美として、目錄を出すぞ」とて、金拾兩、拜領仰せ付られ、其の身の面眉を御すゝぎの上、目錄まで下し置かれ、有がたき御政務、大慈悲の御仁德、申すも中々愚かなり。 此は公御歲十五の時の御事なりとかや、誠に生智安行の聖君にて、前代未聞の名將なり、されば後に、恩田木工を選出し給ひし明察も、眞にことわりとこそ覺ゆれ。
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日暮硯・『日暮硯』勝手の立て直しを親類に託す一、信州川中島、眞田家の御知行所川中島は、水損の場にて、年年の御損耗多ければ自らお勝手も御不如意にて、御取續き成されがたき由にて、去る寬保年中、公儀へお願ひにて、一萬兩の拜借を許されし程の御事なれば、次第にお勝手御むつかしく當御城主の御代に成り候。寳歷五年の初め頃、江戶御在府の砌り、御親類中御參會の節、公の仰せられ候には、「何れも御存知の通り、手前儀、勝手不如意に付き、先年公儀より、一萬兩の拜借被仰付候へども、中々夫れにて取續き相成り申さず候、併し乍ら、在所に恩田木工と申す者これあり、老職の末席にて、年若には御座候へども、領分の政道申し付け候て、勝手も取直し申すべき樣に存候故、役儀申付け度存候へども、私儀年若、彼も年若ゆえ、申し付け候とも、老分の者、决して得心仕るまじく候。依つて近頃御無心ながら、各々方御對座にて、恩田木工へ勝手取直しの儀、御仰付け下され候樣仕度、此儀偏に願ひ奉る」と仰せられ候へば、何れも方の御挨拶に、「勝手不如意の儀は、皆同樣ながら、別して豆州公には、御先代の時より、公儀へも知れたる事にて、拜借迄も仰せ付けられ候程の儀故、御難儀察し入り申候、然るに御國元に、御勝手向き取直すべき者御座候て、既に御目鏡に留り候段何より以て重疊の御事に候、手前共より申し付け候事は、容易き事に候間、其の木工とやらを早速お呼び寄せ成さるべし」との御返事に、「千萬忝なく候」と御挨拶成され、夫より早飛脚を以て、御國元へ、御用之儀これあり候間、老職の者、竝びに諸役人は、月番會の者一人づゝ居殘り、其外の者は、皆々打連れ、恩田木工を同道にて、急に出府致すべき旨仰せ遣はされ候へば、何事か出來候哉と、いづれも取るものもとり合へず出府仕り候、即ち、また御親類中御招請の上、諸役人殘らず召し出され、御親類樣方御對座にて、御老分の御方樣より仰せ出され候は、「此の度恩田木工竝びに諸役人呼び寄せ候事は、餘の儀に非ず、豆州御勝手御不如意に付、手前共相談の上、恩田木工に勘略申し付け候間、辭退なく國元の政道、心一杯に取り計らひ申さるべく候、依て老職を始め、諸役人共、萬事木工が指圖を請け、役儀相勤めくれ申すべく候、是れは豆州殿の思召に出で、何れも相談の上、かく申し付け候間、左樣相心得候樣に」と仰せ渡され候。
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『明訓一班抄抄録』・諫言を用べき事・大身ほど自分の過ちに気づけない某內々存寄之儀共書付置申候、乍憚御心入にも可相成歟と上覽に入奉ると申上る、扨夫は奇特成心入と大に御感なされ、佐渡守は苦敷からず夫にて讀で聞せよと仰らるゝに付、畏候とて數箇條讀終る、尤の事〱と御挨拶被遊、是に限らず此以後迄も存寄の儀もあらば無遠慮聞せよと上意あれば、御聞屆被遊近頃辱と申て御前を退出す、佐渡守は御用にて殘り居られけるに仰られけるは、只今の者讀聞せたる儀は如何思ふぞと御尋に付、佐渡守御請に一箇條も御前に御用立可申存事は無之樣にと申上ければ、御手を振らせられ、いやとよあのものゝ分別一ぱいを書付たる物なれば如才もなし、尤我心入に成事はなけれ共思ひ寄て內ゝ書付に調え、懷中して時節を見合せ我等に見せんと思ふ志は何ともたとへ難し、其事が用に立は用ひ、立ねば用ひぬ迄にてこそあれ、惣じて我と我身の惡は知れぬ物なり、然れば小身成者心易き友達傍輩學友などある物なれば、互に身の上の惡をみて吟味を遂る故、改め嗜む事多き物なり、左樣の友なき者は兼て人柄を聞立て賴置は能者と言なり、是は小身の德なり、扨又大身なる者、總ての上に立程の者は友達朋友など出會て心易く語るべき樣もなく、身の上の惡を吟味する事もなく、遠慮して人もいはす、日夜朝暮物言伽には我同然の者計りなれば、何事にても御尤とならではいはざるに依て、少々の違ひ誤りとも思はず、誤りと思はねば改んとも心も付ずして過事有物なり、是は必大身の損とも言べし、凡人の上に立て下の諫を聞ざる者國を失ひ家を破らざるは古今とも無之と仰らるゝ、佐渡守承り覺居て、或時子息上野介に語り聞せ候、落淚におよぶ、上野介其書付は如何樣の文言にて御座候其人は誰にて候やと聞候得ば、佐渡守聞て其文言其人も旁聞て何の用にも立事になしと申けると也、