碧巌録 / 第八十七則
盡大地是藥 古今何太錯閉門不造車通途自寥廓錯錯 鼻孔遼天亦穿却盡大地是藥。古今何太錯。爾若喚作藥會。自古自今。一時錯了也。雪竇云。有般漢不解截斷太梅脚跟。只管道貪程太速。他解截雲門脚跟。為雲門這一句惑亂天下人。雲門云。拄杖子是浪。許爾七縱八橫。盡大地是浪。看爾頭出頭沒。閉門不造車。通途自寥廓。雪竇道。為爾通一線路。爾若閉門造車。出門合轍。濟箇甚事。我這裏閉門也不造車。出門自然寥廓。他這裏略露些子縫罅。教人見。又連忙却道。錯錯。前頭也錯。後頭也錯。誰知雪竇開一線路。也是錯。既然鼻孔遼天。為什麼也穿却。要會麼。且參三十年。爾有拄杖子。我與爾拄杖子。爾若無拄杖子。不免被人穿却鼻孔。
新字:尽大地是薬 古今何太錯閉門不造車通途自寥廓錯錯 鼻孔遼天亦穿却尽大地是薬。古今何太錯。爾若喚作薬会。自古自今。一時錯了也。雪竇云。有般漢不解截断太梅脚跟。只管道貪程太速。他解截雲門脚跟。為雲門這一句惑乱天下人。雲門云。拄杖子是浪。許爾七縦八横。尽大地是浪。看爾頭出頭没。閉門不造車。通途自寥廓。雪竇道。為爾通一線路。爾若閉門造車。出門合轍。済箇甚事。我這裏閉門也不造車。出門自然寥廓。他這裏略露些子縫罅。教人見。又連忙却道。錯錯。前頭也錯。後頭也錯。誰知雪竇開一線路。也是錯。既然鼻孔遼天。為什麼也穿却。要会麼。且参三十年。爾有拄杖子。我与爾拄杖子。爾若無拄杖子。不免被人穿却鼻孔。
書き下し
尽大地是れ薬、古今何ぞ太だ錯れる。門を閉ぢて車を造らず、通途自ら寥廓たり。錯、錯。鼻孔遼天、亦た穿却す。尽大地是れ薬、古今何ぞ太だ錯れる。爾若し喚んで薬と作して会せば、古より今に至るまで、一時に錯り了れり。雪竇云く、「有般の漢、太梅の脚跟を截断することを解せず、只管に道ふ、程を貪ること太だ速しと」。他は雲門の脚跟を截つことを解す。雲門の這の一句、天下の人を惑乱するが為なり。雲門云く、「拄杖子是れ浪、爾に七縦八横を許す。尽大地是れ浪、爾が頭出頭没を看ん」と。門を閉ぢて車を造らず、通途自ら寥廓たり。雪竇道ふ、爾が為に一線の路を通ず。爾若し門を閉ぢて車を造り、門を出でて轍に合はば、箇の甚事をか済さん。我が這裏は門を閉ぢて也た車を造らず、門を出づれば自然に寥廓たり。他は這裏に略ぼ些子の縫罅を露はして人をして見せしめ、又た連忙に却つて道ふ、「錯、錯」と。前頭も也た錯、後頭も也た錯。誰か知らん、雪竇一線の路を開くも也た是れ錯なることを。既然に鼻孔遼天ならば、什麼と為てか也た穿却す。会せんと要すや。且く参ずること三十年。爾に拄杖子有らば、我れ爾に拄杖子を与へん。爾若し拄杖子無くんば、人に鼻孔を穿却せらるることを免れず。
現代語訳
大地じゅうが薬だとは、古今の人はなんとひどく誤っていることか。門を閉ざして車を造ったりしない。大道はおのずとからりと開けている。誤りだ、誤りだ。鼻を天に向けて威張っていても、やはり鼻に縄を通される。大地じゅうが薬だとは、古今の人はなんとひどく誤っていることか、とは、君がもし薬だと思って理解するなら、昔から今に至るまで一度に誤ってしまうということだ。雪竇は「ある種の連中は大梅の足もとを断ち切ることを知らず、ただ道を急ぎすぎると言うばかりだ」と言った。雪竇は雲門の足もとを断ち切ることを心得ている。雲門のこの一句が天下の人を惑わすからである。雲門は「拄杖は波である。君に縦横自在を許そう。大地じゅうが波である。君が浮き沈みするのを見てやろう」と言った。門を閉ざして車を造ったりしない、大道はおのずとからりと開けている、とは、雪竇が君のために一筋の道を通してやったのである。君がもし門を閉ざして車を造り、門を出て轍に合わせるようなことをしても、何の役に立とう。わたしのところでは門を閉ざしても車を造らず、門を出ればおのずとからりと開けている。雪竇はここでわずかに隙間を見せて人に見せ、また慌てて「誤りだ、誤りだ」と言う。前も誤り、後も誤り。雪竇が一筋の道を開いたこともまた誤りだと、誰が知ろうか。鼻を天に向けているなら、なぜ鼻に縄を通されるのか。分かりたいか。ひとまず三十年参じてみよ。君に拄杖があるなら、わたしが君に拄杖を与えよう。君に拄杖がないなら、人に鼻に縄を通されるのを免れない。
解説
この章句が説くこと
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