碧巌録 / 第八十五則
大雄宗派下。出四庵主。大梅白雲。虎溪桐峯。看他兩人恁麼眼親手辨。且道誵訛在什麼處。古人一機一境。一言一句。雖然出在臨時。若是眼目周正。自然活鱍鱍地。雪竇拈教人識邪正辨得失。雖然如此。在他達人分上。雖處得失。却無得失。若以得失見他古人。則沒交涉。如今人須是各各窮到無得失處。然後以得失辨人。若一向去揀擇言句處用心。又到幾時得了去。不見雲門大師道。行脚漢莫只空遊州獵縣。只欲得提搦閑言語。待老和尚口動。便問禪問道。向上向下。如何若何。大卷抄將去。[祝/土]向肚皮裏卜度。到處火爐邊。三箇五箇聚頭舉口。喃喃地便道。這箇是公才語。這箇是就身打出語。這箇是事上道底語。這箇是體裏語。體爾屋裏老爺老娘。噇却飯了。只管說夢。便道我會佛法了也。將知恁麼行脚。驢年得休歇去。
新字:大雄宗派下。出四庵主。大梅白雲。虎渓桐峯。看他両人恁麼眼親手弁。且道誵訛在什麼処。古人一機一境。一言一句。雖然出在臨時。若是眼目周正。自然活鱍鱍地。雪竇拈教人識邪正弁得失。雖然如此。在他達人分上。雖処得失。却無得失。若以得失見他古人。則没交渉。如今人須是各各窮到無得失処。然後以得失弁人。若一向去揀択言句処用心。又到幾時得了去。不見雲門大師道。行脚漢莫只空遊州猟県。只欲得提搦閑言語。待老和尚口動。便問禅問道。向上向下。如何若何。大巻抄将去。[祝/土]向肚皮裏卜度。到処火炉辺。三箇五箇聚頭舉口。喃喃地便道。這箇是公才語。這箇是就身打出語。這箇是事上道底語。這箇是体裏語。体爾屋裏老爺老娘。噇却飯了。只管説夢。便道我会仏法了也。将知恁麼行脚。驢年得休歇去。
書き下し
大雄の宗派の下に四庵主を出す。大梅・白雲・虎渓・桐峯なり。看よ他の両人、恁麼に眼親しく手辨ず。且く道へ、誵訛什麼の処にか在る。古人の一機一境、一言一句、然も出でて時に臨むに在りと雖も、若し是れ眼目周正ならば、自然に活鱍鱍地なり。雪竇拈じて人をして邪正を識り得失を辨ぜしむ。然も此の如くなりと雖も、他の達人の分上に在つては、得失に処すと雖も、却つて得失無し。若し得失を以て他の古人を見ば、則ち没交渉なり。如今の人、須らく是れ各各窮めて得失無き処に到り、然る後に得失を以て人を辨ずべし。若し一向に言句を揀択する処に去いて心を用ゐば、又た幾時にか了ずることを得去らん。見ずや、雲門大師道ふ、「行脚の漢、只だ空しく州に遊び県に猟して、只だ閑言語を提搦せんと欲すること莫れ。老和尚の口の動くを待つて、便ち禅を問ひ道を問ひ、向上向下、如何若何と、大巻に抄し将ち去り、築いて肚皮裏に向つて卜度し、到る処の火炉の辺に三箇五箇、頭を聚めて口を挙し、喃喃地として便ち道ふ、『這箇は是れ公才の語、這箇は是れ身に就いて打出する語、這箇は是れ事上に道ふ底の語、這箇は是れ体裏の語』と。爾が屋裏の老爺老娘に体せよ。飯を噇却し了つて、只管に夢を説き、便ち道ふ、我れ仏法を会し了れりと。将に知るべし、恁麼の行脚、驢年にか休歇することを得去らん」と。
現代語訳
大雄山百丈の宗派の下に四人の庵主が出た。大梅・白雲・虎渓・桐峯である。見よ、この二人はこのように眼も手も確かである。さあ言ってみよ、入り組んだ処はどこにあるか。古人の一つのはたらき、一つの境地、一言一句は、その時その場で出たものではあっても、眼がまっすぐであれば、おのずと生き生きとしている。雪竇はこれを取り上げて、人に邪正を知らせ、得失を見分けさせようとした。しかしそうではあっても、達人の身の上では、得失の中にいても得失がない。もし得失で古人を見るなら、まるで関わりがない。いまの人は、それぞれ得失のない処まで究め尽くし、そのうえで得失によって人を見分けるべきである。もしひたすら言葉を選り分ける処に心を用いるなら、いつになったら片がつくだろう。知らないか、雲門大師は言った。「行脚の者よ、ただむなしく州を遊び県を渡り歩いて、無駄口を拾い集めようとしてはならない。老和尚の口が動くのを待ってすぐ禅を問い道を問い、向上だ向下だ、どうだこうだと、大きな帳面に書き写して持ち帰り、腹の中に詰め込んで推し量り、行く先々の炉端で三人五人と頭を寄せ合ってぶつぶつと、『これは公の才の語、これは身に即して打ち出した語、これは事の上で言った語、これは本体の中の語』などと言う。君の家の父母を見てみよ。飯を食い終わればただ夢物語をして、自分は仏法が分かったと言う。知るべきである、そんな行脚では、驢馬の年まで待っても休むことはできない」。
解説
この章句が説くこと
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