碧巌録 / 第七十四則
垂示云。鏌鎁橫按。鋒前剪斷葛藤窠。明鏡高懸。句中引出毘盧印。田地穩密處。著衣喫飯。神通遊戲處。如何湊泊。還委悉麼。看取下文。
新字:垂示云。鏌鎁横按。鋒前剪断葛藤窠。明鏡高懸。句中引出毘盧印。田地穏密処。著衣喫飯。神通遊戯処。如何湊泊。還委悉麼。看取下文。
書き下し
垂示に云く、鏌鎁横たへ按じて、鋒前に葛藤の窠を剪断す。明鏡高く懸けて、句中に毘盧の印を引き出だす。田地穏密の処、衣を著け飯を喫す。神通遊戯の処、如何が湊泊せん。還た委悉すや。下文を看取せよ。
現代語訳
垂示に言う。名剣鏌鎁を横たえて構え、切っ先の前で言葉のもつれの巣を断ち切る。明鏡を高く懸けて、一句の中から毘盧遮那仏の印を引き出す。落ち着いた確かな境地では、衣を着て飯を食う。神通をもって自在に遊ぶところでは、どう近づけばよいか。わかったか。下の文を見よ。
解説
圜悟の垂示である。名剣で言葉のもつれを断ち、明鏡で一句の中から仏の印を映し出す、という二つの働きがまず示される。そのうえで、落ち着いた境地とは特別なことではなく、衣を着て飯を食うという日常だと言う。しかし、その日常のなかで神通のように自在に遊ぶ働きには、どう近づけばよいのかと問いかける。本則の金牛和尚は、毎日の食事どきに飯桶を持って踊るという、まさに日常の中の遊戯を見せる。当たり前の仕事のなかに、どれだけ自在な働きを込められるかを問う一節である。
この章句が説くこと
鏌鎁明鏡著衣喫飯日常公案自由
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