碧巌録 / 第六十六則
這箇公案。與龍牙底一般。德山歸方丈。則暗中最妙。巖頭大笑。他笑中有毒。若有人辨得。天下橫行。這僧當時若辨得出。千古之下。免得檢責。於巖頭門下。已是一場蹉過。看他雪峯老人是同參。便知落處。也不與他說破。只打三十棒趕出院。可以光前絕後。這箇是拈作家衲僧鼻孔。為人底手段。更不與他如之若何。教他自悟去。本分宗師為人。有時籠罩。不教伊出頭。有時放令死郎當地。却須有出身處。大小大巖頭雪峯倒被箇喫飯禪和勘破。只如巖頭道。黃巢過後還收得劍麼。諸人且道。這裏合下得什麼語。免得他笑。又免得雪峯行棒趕出。這裏誵訛。若不曾親證親悟。縱使口頭快利。至究竟透脫生死不得。山僧尋常教人覰這機關轉處。若擬議則遠之遠矣。不見投子問鹽平僧云。黃巢過後。收得劍麼。僧以手指地。投子云。三十年弄馬騎。今日却被驢子撲。看這僧。也不妨是箇作家。也不道收得。也不道收不得。與西京僧。如隔海在。真如拈云。他古人。一箇做頭。一箇做尾定也。雪竇頌云。
新字:這箇公案。与竜牙底一般。徳山帰方丈。則暗中最妙。巖頭大笑。他笑中有毒。若有人弁得。天下横行。這僧当時若弁得出。千古之下。免得検責。於巖頭門下。已是一場蹉過。看他雪峯老人是同参。便知落処。也不与他説破。只打三十棒趕出院。可以光前絶後。這箇是拈作家衲僧鼻孔。為人底手段。更不与他如之若何。教他自悟去。本分宗師為人。有時籠罩。不教伊出頭。有時放令死郎当地。却須有出身処。大小大巖頭雪峯倒被箇喫飯禅和勘破。只如巖頭道。黄巣過後還収得剣麼。諸人且道。這裏合下得什麼語。免得他笑。又免得雪峯行棒趕出。這裏誵訛。若不曽親証親悟。縦使口頭快利。至究竟透脱生死不得。山僧尋常教人覰這機関転処。若擬議則遠之遠矣。不見投子問塩平僧云。黄巣過後。収得剣麼。僧以手指地。投子云。三十年弄馬騎。今日却被驢子撲。看這僧。也不妨是箇作家。也不道収得。也不道収不得。与西京僧。如隔海在。真如拈云。他古人。一箇做頭。一箇做尾定也。雪竇頌云。
書き下し
這箇の公案、龍牙底と一般なり。徳山の方丈に帰るは、則ち暗中に最も妙なり。巌頭の大笑、他の笑中に毒有り。若し人有りて辨得せば、天下に横行せん。這の僧当時若し辨得し出ださば、千古の下、検責を免れ得ん。巌頭の門下に於いて已に是れ一場の蹉過なり。看よ他の雪峰老人は是れ同参、便ち落処を知る。也た他の与に説破せず、只だ打つこと三十棒して院を趕ひ出だす。以て前に光り後を絶すべし。這箇は是れ作家衲僧の鼻孔を拈ずる、為人底の手段なり。更に他の与に如之若何せず、他をして自ら悟り去らしむ。本分の宗師の為人は、有る時は籠罩して伊をして頭を出ださしめず、有る時は放ちて死郎当地ならしむるも、却つて須らく出身の処有るべし。大小大の巌頭・雪峰、倒つて箇の喫飯の禅和に勘破せらる。只だ巌頭の「黄巣過ぎて後、還た剣を収め得たりや」と道ふが如き、諸人且く道へ、這裏合に什麼の語をか下し得て、他の笑ふことを免れ得、又雪峰の棒を行じて趕ひ出だすことを免れ得ん。這裏の誵訛、若し曾て親しく証し親しく悟らずんば、縦使ひ口頭快利なるも、究竟に至りて生死を透脱し得ず。山僧尋常人をして這の機関の転処を覰しむ。若し擬議せば則ち遠きこと之れ遠し。見ずや、投子、塩平の僧に問うて云く、「黄巣過ぎて後、剣を収め得たりや」。僧、手を以て地を指す。投子云く、「三十年馬騎を弄して、今日却つて驢子に撲たる」と。看よ這の僧、也た妨げず是れ箇の作家なることを。也た「収め得たり」と道はず、也た「収め得ず」と道はず。西京の僧と、海を隔つるが如くなること在り。真如拈じて云く、「他の古人、一箇は頭と做り、一箇は尾と做りて定まれり」と。雪竇頌して云く、
現代語訳
この公案は龍牙の話と同じである。徳山が方丈に帰ったのは、暗がりの中で最も妙である。巌頭の大笑い、その笑いの中には毒がある。もし誰かがそれを見分けられれば、天下を自在に歩ける。この僧がそのとき見分けられていたら、千古の後まで咎めを受けずにすんだろう。巌頭の門下ですでに一度しくじっている。見よ、あの雪峰老人は巌頭と同参であり、すぐに落ち着き所がわかった。彼のために説き明かしもせず、ただ三十棒を打って寺から追い出した。前に輝き後を絶つほどの見事さである。これは作家の禅僧の鼻をつまむ、人を導く手段である。それ以上どうこうしてやらず、自ら悟らせようとしたのだ。本分の宗師の人の導き方は、ある時は覆いかぶせて頭を出させず、ある時は放ってだらしなくさせておくが、必ず抜け出る道がある。あれほどの巌頭と雪峰が、かえって一人の飯を食うだけの禅僧に見破られた。巌頭が「黄巣の乱が過ぎた後、剣を拾い収めたか」と言ったところで、皆さん、さあ言ってみよ、ここでどんな言葉を言えば、彼に笑われずにすみ、また雪峰に棒で追い出されずにすむか。ここの入り組んだところは、もし自ら証し自ら悟ったことがなければ、たとえ口が達者でも、最後には生死を透脱できない。私はふだん人にこの仕掛けの転じるところを見させている。ためらい思案すれば遠く離れてしまう。見なかったか、投子が塩平から来た僧に問うた。「黄巣の乱が過ぎた後、剣を拾い収めたか」。僧は手で地面を指した。投子は言った。「三十年馬を乗りこなしてきたが、今日は驢馬に蹴られた」と。見よ、この僧もなかなかの手だれである。「収めました」とも言わず、「収められません」とも言わない。西京の僧とは海を隔てるほど違う。真如は取り上げて言った。「あの古人たちは、一人が頭となり、一人が尾となって、すっかり決まっている」と。雪竇は頌して言う。
解説
この章句が説くこと
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