碧巌録 / 第六十六則
大凡挑囊負鉢。撥草瞻風。也須是具行脚眼始得。這僧眼似流星。也被巖頭勘破了一串穿却。當時若是箇漢。或殺或活。舉著便用。這僧砑郎當。却道收得。似恁麼行脚。閻羅老子問爾。索飯錢在。知他踏破多少草鞋。直到雪峯。當時若有些子眼筋。便解瞥地去。豈不快哉。這箇因緣。有節角誵訛處。此事雖然無得失。得失甚大。雖然無揀擇。到這裏。却要具眼揀擇。
新字:大凡挑嚢負鉢。撥草瞻風。也須是具行脚眼始得。這僧眼似流星。也被巖頭勘破了一串穿却。当時若是箇漢。或殺或活。舉著便用。這僧砑郎当。却道収得。似恁麼行脚。閻羅老子問爾。索飯銭在。知他踏破多少草鞋。直到雪峯。当時若有些子眼筋。便解瞥地去。豈不快哉。這箇因縁。有節角誵訛処。此事雖然無得失。得失甚大。雖然無揀択。到這裏。却要具眼揀択。
書き下し
大凡そ嚢を挑げ鉢を負ひ、草を撥ひ風を瞻るには、也た須らく是れ行脚の眼を具して始めて得べし。這の僧、眼は流星に似たるも、也た巌頭に勘破せられて、一串に穿却せらる。当時若し是れ箇の漢ならば、或いは殺し或いは活かし、挙著すれば便ち用ゐん。這の僧は砑郎当にして、却つて「収め得たり」と道ふ。恁麼に似たる行脚は、閻羅老子爾に問うて飯銭を索むること在らん。知んぬ他は多少の草鞋を踏破せしことを。直に雪峰に到る。当時若し些子の眼筋有らば、便ち瞥地し去ることを解せん。豈に快からずや。這箇の因縁、節角誵訛の処有り。此の事得失無しと雖然も、得失甚だ大なり。揀択無しと雖然も、這裏に到りては、却つて眼を具して揀択せんことを要す。
現代語訳
およそ頭陀袋を担ぎ鉢を背負い、草を払い風を望んで師を訪ねて行脚するには、行脚の眼を具えていなければならない。この僧は眼が流星のように鋭そうに見えたが、巌頭に見破られて、一串に刺し貫かれてしまった。そのとき、もし一人前の男であったなら、殺すも活かすも、持ち出されればすぐに用いたであろう。この僧はぐずぐずとだらしなく、かえって「収めました」と言った。このような行脚では、閻魔大王があなたに問いただして飯代を請求するだろう。いったいどれほどの草鞋を履きつぶしたことか。そのまま雪峰のところへ行った。そのとき、もしわずかでも眼力があれば、ぱっと気づくことができたろうに。そうであれば痛快ではなかったか。この因縁には、節くれだって入り組んだところがある。この事には得失がないとはいえ、得失はきわめて大きい。選り好みはないとはいえ、ここに至っては、かえって眼を具えて選び分けることが要る。
解説
この章句が説くこと
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