碧巌録 / 第六十則
曝雲門委曲為人。雪竇截徑為人。所以撥却化為龍。不消恁麼道。只是拄杖子吞乾坤。雪竇大意免人情解。更道徒說桃花浪奔。更不必化為龍也蓋禹門有三級浪。每至三月。桃花浪漲。魚能逆水。而躍過浪者即化為龍。雪竇道縱化為龍。亦是徒說。燒尾者不在拏雲攫霧。魚過禹門。自有天火燒其尾。拏雲攫霧而去。雪竇意道。縱化為龍。亦不在拏雲攫霧也。曝腮者何必喪膽亡魂。清涼疏序云。積行菩薩。尚乃曝腮於龍門。大意明華嚴境界非小德小智之所造詣。獨如魚過龍門透不過者。點額而回。困於死水沙磧中。曝其腮也。
新字:曝雲門委曲為人。雪竇截径為人。所以撥却化為竜。不消恁麼道。只是拄杖子呑乾坤。雪竇大意免人情解。更道徒説桃花浪奔。更不必化為竜也蓋禹門有三級浪。毎至三月。桃花浪漲。魚能逆水。而躍過浪者即化為竜。雪竇道縦化為竜。亦是徒説。焼尾者不在拏雲攫霧。魚過禹門。自有天火焼其尾。拏雲攫霧而去。雪竇意道。縦化為竜。亦不在拏雲攫霧也。曝腮者何必喪胆亡魂。清涼疏序云。積行菩薩。尚乃曝腮於竜門。大意明華厳境界非小徳小智之所造詣。独如魚過竜門透不過者。点額而回。困於死水沙磧中。曝其腮也。
書き下し
雲門は委曲して人の為にし、雪竇は截径に人の為にす。所以に「化して竜と為る」を撥却して、恁麼に道ふことを消ひず、只だ是れ「拄杖子乾坤を呑む」と。雪竇の大意は人の情解を免れしむ。更に道ふ、「徒らに説く桃花浪奔ると」。更に必ずしも化して竜と為らず。蓋し禹門に三級の浪有り、毎に三月に至れば桃花浪漲る。魚能く水に逆らひ、浪を躍り過ぐる者は即ち化して竜と為る。雪竇道ふ、縦ひ化して竜と為るも、亦た是れ徒らに説くのみと。「尾を焼く者は雲を拏み霧を攫むに在らず」。魚禹門を過ぐれば、自ら天火有りて其の尾を焼き、雲を拏み霧を攫んで去る。雪竇の意に道ふ、縦ひ化して竜と為るも、亦た雲を拏み霧を攫むに在らずと。「腮を曝す者は何ぞ必ずしも胆を喪ひ魂を亡はん」。清涼の疏の序に云く、「積行の菩薩すら、尚ほ乃ち腮を竜門に曝す」と。大意は華厳の境界の小徳小智の造詣する所に非ざることを明らむ。猶ほ魚の竜門を過ぐるに透不得なる者の、額に点して回り、死水沙磧の中に困しんで、其の腮を曝すが如し。
現代語訳
雲門は細やかに回り道をして人のためにはかり、雪竇は近道をまっすぐ進んで人のためにはかる。だから「竜と化す」を払いのけて、そのように言う必要はなく、ただ「拄杖が天地を呑み込む」と言う。雪竇の大意は、人が情で理解することを免れさせることにある。さらに「桃の花の頃の波がほとばしるなどと説いても空しい」と言う。さらに竜と化す必要などない。思うに、禹門には三段の波があり、毎年三月になると桃の花の頃の波がみなぎる。魚のうち水に逆らって波を跳び越えた者は、竜と化す。雪竇は、たとえ竜と化しても、それもまた空しい説にすぎないと言うのである。「尾を焼かれて竜となった者は、雲をつかみ霧をつかむことにあるのではない」。魚が禹門を越えると、おのずから天の火がその尾を焼き、雲をつかみ霧をつかんで去っていく。雪竇の意は、たとえ竜と化しても、雲霧をつかむことにあるのではないということだ。「えらを干された者も、どうして肝をつぶし魂を失う必要があろうか」。清涼(澄観)の『華厳経疏』の序に「修行を積んだ菩薩でさえ、なお竜門でえらを干される」とある。その大意は、華厳の境地は小さな徳や小さな智慧で到達できるものではないことを明らかにしたものである。ちょうど竜門を越えようとして越えられなかった魚が、額に傷を受けて引き返し、よどんだ水や砂の河原で苦しんで、えらを干されているようなものだ。
解説
この章句が説くこと
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