碧巌録 / 第五十一則
大凡扶竪宗教。須是辨箇當機。知進退是非。明殺活擒縱。若忽眼目迷黎麻羅。到處逢問便問。逢答便答。殊不知鼻孔在別人手裏。只如雪峯巖頭。同參德山。此僧參雪峯。見解只到恁麼處。及乎見巖頭。亦不曾成得一事。虛煩他二老宿。一問一答。一擒一縱。直至如今。天下人成節角誵訛。分疎不下。且道節角誵訛。在什麼處。雪峯雖遍歷諸方。末後於鰲山店。巖頭因而激之。方得勦絕大徹。巖頭後值沙汰。於湖邊作渡子。兩岸各懸一板。有人過敲板一下。頭云。爾過那邊。遂從蘆葦間。舞棹而出。
新字:大凡扶竪宗教。須是弁箇当機。知進退是非。明殺活擒縦。若忽眼目迷黎麻羅。到処逢問便問。逢答便答。殊不知鼻孔在別人手裏。只如雪峯巖頭。同参徳山。此僧参雪峯。見解只到恁麼処。及乎見巖頭。亦不曽成得一事。虚煩他二老宿。一問一答。一擒一縦。直至如今。天下人成節角誵訛。分疎不下。且道節角誵訛。在什麼処。雪峯雖遍歴諸方。末後於鰲山店。巖頭因而激之。方得勦絶大徹。巖頭後値沙汰。於湖辺作渡子。両岸各懸一板。有人過敲板一下。頭云。爾過那辺。遂従蘆葦間。舞棹而出。
書き下し
大凡そ宗教を扶竪せんには、須らく是れ箇の当機を弁じ、進退是非を知り、殺活擒縦を明らむべし。若し忽ち眼目迷黎麻羅ならば、到る処問に逢うては便ち問ひ、答に逢うては便ち答へ、殊に知らず、鼻孔の別人の手裏に在ることを。只だ雪峰・巌頭の如きは、同じく徳山に参ず。此の僧、雪峰に参じて、見解只だ恁麼の処に到る。巌頭に見ゆるに及んでも、亦た曽て一事を成し得ず。虚しく他の二老宿を煩はして、一問一答、一擒一縦せしむ。直に如今に至るまで、天下の人、節角誵訛を成して、分疎し下らず。且く道へ、節角誵訛、什麼の処にか在る。雪峰は諸方を遍歴すと雖も、末後、鰲山店に於て、巌頭因つて之を激し、方に勦絶大徹することを得たり。巌頭、後に沙汰に値ひ、湖辺に於て渡子と作る。両岸に各おの一板を懸く。人有り過ぎて板を敲くこと一下すれば、頭云く、「爾、那辺に過ぐるか」と。遂に蘆葦の間より棹を舞はして出づ。
現代語訳
およそ宗旨を支え立てようとするなら、目の前の機をよく見分け、進むべきか退くべきか、是か非かを知り、殺すか活かすか、捕らえるか放つかを明らかにしなければならない。もし眼がぼんやりかすんでいれば、どこでも問いに会えば問い、答えに会えば答えるばかりで、自分の鼻づらが他人の手に握られていることに気づかない。雪峰と巌頭は、ともに徳山に参じた仲である。この僧は雪峰に参じたが、見解はその程度にとどまり、巌頭に会っても何一つ成し得なかった。いたずらに二人の老師を煩わせて、一問一答、一つ捕らえ一つ放たせたのである。今日に至るまで、天下の人はこれをもつれた難所として、解き明かすことができない。さて言ってみよ、そのもつれはどこにあるのか。雪峰は諸方を遍歴したが、最後に鰲山の宿で巌頭に励まされて、ようやく根こそぎ大悟することができた。巌頭は後に廃仏の沙汰に遭い、湖のほとりで渡し守となった。両岸に板を一枚ずつ掛けておき、渡る人が板を一度たたくと、巌頭は「お前さん、向こうへ渡るのか」と言って、葦の間から櫂を舞わせて出てきた。
解説
この章句が説くこと
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