碧巌録 / 第四十八則
欲知佛性義。當觀時節因緣。王太傅知泉州。久參招慶。一日因入寺。時朗上座煎茶次。翻却茶銚。太傅也是箇作家。纔見他翻却茶銚。便問上座。茶爐下是什麼。朗云。捧爐神。不妨言中有響。爭柰首尾相違失却宗旨傷鋒犯手。不惟辜負自己。亦且觸忤他人。這箇雖是無得失底事。若拈起來。依舊有親疎有皂白。若論此事。不在言句上。却要向言句上辨箇活處。所以道。他參活句。不參死句。據朗上座恁麼道。如狂狗逐塊。太傅拂袖便去。似不肯他。明招云。朗上座喫却招慶飯了。却去江外打野榸。野榸即是荒野中。火燒底木橛。謂之野榸。用明朗上座不向正處行。却向外邊走。朗拶云。和尚又作麼生。招云。非人得其便。明招自然。有出身處。亦不辜負他所問。所以道。俊狗咬人不露牙。
新字:欲知仏性義。当観時節因縁。王太傅知泉州。久参招慶。一日因入寺。時朗上座煎茶次。翻却茶銚。太傅也是箇作家。纔見他翻却茶銚。便問上座。茶炉下是什麼。朗云。捧炉神。不妨言中有響。争柰首尾相違失却宗旨傷鋒犯手。不惟辜負自己。亦且触忤他人。這箇雖是無得失底事。若拈起来。依旧有親疎有皂白。若論此事。不在言句上。却要向言句上弁箇活処。所以道。他参活句。不参死句。拠朗上座恁麼道。如狂狗逐塊。太傅払袖便去。似不肯他。明招云。朗上座喫却招慶飯了。却去江外打野榸。野榸即是荒野中。火焼底木橛。謂之野榸。用明朗上座不向正処行。却向外辺走。朗拶云。和尚又作麼生。招云。非人得其便。明招自然。有出身処。亦不辜負他所問。所以道。俊狗咬人不露牙。
書き下し
仏性の義を知らんと欲せば、当に時節因縁を観ずべし。王太傅、泉州に知たり。久しく招慶に参ず。一日因みに寺に入る。時に朗上座茶を煎ずる次で、茶銚を翻却す。太傅も也た是れ箇の作家、纔かに他の茶銚を翻却するを見て、便ち上座に問ふ、「茶炉下是れ什麼ぞ」。朗云く、「捧炉神」。妨げず言中に響き有ることを。争奈せん首尾相違して宗旨を失却し、鋒を傷つけ手を犯すことを。惟だに自己に辜負するのみならず、亦且つ他人に触忤す。這箇は是れ得失無き底の事なりと雖も、若し拈起し来たらば、依旧として親疎有り皂白有り。若し此の事を論ぜば、言句上に在らず。却つて言句上に向かつて箇の活処を弁ぜんことを要す。所以に道ふ、「他は活句に参じて、死句に参ぜず」。朗上座の恁麼に道ふに拠らば、狂狗の塊を逐ふが如し。太傅払袖して便ち去る、肯はざるに似たり。明招云く、「朗上座、招慶の飯を喫却し了つて、却つて江外に去つて野榸を打す」。野榸は即ち是れ荒野の中、火に焼かれたる底の木橛、之を野榸と謂ふ。用つて朗上座の正処に向かつて行かず、却つて外辺に向かつて走ることを明かす。朗拶して云く、「和尚又作麼生」。招云く、「非人其の便を得たり」。明招自然に出身の処有り、亦た他の問ふ所に辜負せず。所以に道ふ、「俊狗は人を咬むに牙を露はさず」。
現代語訳
仏性の義を知りたければ、時節と因縁を観るべきである。王太傅は泉州の知事であった。長く招慶に参じていた。ある日、寺に入った。その時、朗上座が茶を煎じていて、茶釜をひっくり返した。太傅も練達の者であったから、彼が茶釜をひっくり返したのを見るや、すぐに上座に問うた。「茶の炉の下にいるのは何か」。朗は言った。「炉を捧げ持つ神です」。言葉の中に響きがあることは確かである。だが首尾が食い違って宗旨を失い、鋒を傷つけ手を切ってしまったのはどうしようもない。自分に背いただけでなく、他人にも逆らった。これは得も失もない事ではあるが、取り上げてみれば、やはり親しいか疎いか、黒か白かの別がある。もしこの事を論じるなら、言葉の上にはない。しかもかえって言葉の上で活きたところを見分けねばならない。それゆえ「彼は活きた句に参じて、死んだ句には参じない」と言う。朗上座のこの言い方からすれば、狂った犬が土くれを追うようなものである。太傅が袖を払ってすぐに立ち去ったのは、認めなかったようである。明招は「朗上座は招慶の飯を食っておきながら、かえって川向こうへ行って野の焼け木杭を焚いている」と言った。野榸とは荒野の中の、火に焼かれた木の杭のことで、これを野榸という。これによって朗上座が正しいところへ向かわず、かえって外へ走っていることを明らかにした。朗が迫って「和尚ならどうしますか」と言うと、明招は「人でないもの(鬼神)がつけこむ隙を得た」と言った。明招には自然に身を抜け出る所があり、相手の問いにも背かない。それゆえ「賢い犬は人を咬むのに牙を見せない」と言う。
解説
この章句が説くこと
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『碧巌録』第四十八則挙す。王太傅、招慶に入つて茶を煎ず。時に朗上座、明招の与に銚を把る。朗、茶銚を翻却す。太傅見て上座に問ふ、「茶炉下是れ什麼ぞ」。朗云く、「捧炉神」。太傅云く、「既に是れ捧炉神ならば、什麼としてか茶銚を翻却する」。朗云く、「仕官千日、失は一朝に在り」。太傅払袖して便ち去る。明招云く、「朗上座、招慶の飯を喫却し了つて、却つて江外に去つて野榸を打す」。朗云く、「和尚作麼生」。招云く、「非人其の便を得たり」。雪竇云く、「当時但だ茶炉を踏倒せん」。
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