碧巌録 / 第四十八則
溈山哲和尚云。王太傅大似相如奪璧直得鬚鬢衡冠。蓋明招忍俊不禁難逢其便。大溈若作朗上座。見他太傅拂袖便行。放下茶銚。呵呵大笑。何故。見之不取。千載難逢。不見寶壽問胡釘鉸云。久聞胡釘鉸。莫便是否。胡云。是壽云。還釘得虛空麼。胡云。請師打破將來。壽便打。胡不肯。壽云。異日自有多口阿師。為爾點破在。胡後見趙州。舉似前話。州云爾因什麼被他打。胡云。不知過在什麼處。州云。只這一縫。尚不奈何。更教他打破虛空來。胡便休去。州代云。且釘這一縫。胡於是有省。
新字:溈山哲和尚云。王太傅大似相如奪璧直得鬚鬢衡冠。蓋明招忍俊不禁難逢其便。大溈若作朗上座。見他太傅払袖便行。放下茶銚。呵呵大笑。何故。見之不取。千載難逢。不見宝寿問胡釘鉸云。久聞胡釘鉸。莫便是否。胡云。是寿云。還釘得虚空麼。胡云。請師打破将来。寿便打。胡不肯。寿云。異日自有多口阿師。為爾点破在。胡後見趙州。舉似前話。州云爾因什麼被他打。胡云。不知過在什麼処。州云。只這一縫。尚不奈何。更教他打破虚空来。胡便休去。州代云。且釘這一縫。胡於是有省。
書き下し
溈山哲和尚云く、「王太傅は大いに相如の璧を奪ひて、直に鬚鬢冠を衝くことを得たるに似たり。蓋し明招忍俊不禁、其の便に逢ひ難し。大溈若し朗上座と作らば、他の太傅の払袖して便ち行くを見て、茶銚を放下して、呵呵大笑せん。何が故ぞ。之を見て取らずんば、千載にも逢ひ難し」。見ずや宝寿、胡釘鉸に問うて云く、「久しく胡釘鉸と聞く、便ち是なること莫しや否や」。胡云く、「是なり」。寿云く、「還つて虚空を釘し得るや」。胡云く、「請ふ師打破し将ち来たれ」。寿便ち打つ。胡肯はず。寿云く、「異日自ら多口の阿師有りて、汝が為に点破せん」。胡、後に趙州に見えて前話を挙似す。州云く、「汝什麼に因つてか他に打たる」。胡云く、「知らず過の什麼の処にか在る」。州云く、「只だ這の一縫すら尚ほ奈何ともせず、更に他をして虚空を打破し来たらしむ」。胡便ち休し去る。州代つて云く、「且く這の一縫を釘せよ」。胡是に於いて省有り。
現代語訳
溈山の哲和尚は言った。「王太傅は、藺相如が璧を奪い返して、髪が逆立ち冠を衝くほどであった様にひどく似ている。思うに、明招はこらえきれなかったが、その隙に出くわすことは難しかった。大溈がもし朗上座であったら、太傅が袖を払ってすぐに立ち去るのを見て、茶釜を放り出して、からからと大笑いしただろう。なぜか。これを見て取らなければ、千年たっても出会いがたいからだ」。見なかったか、宝寿が胡釘鉸(鋳掛け屋の胡)に問うて言った。「かねがね胡釘鉸と聞いているが、お前がそうか」。胡は言った。「そうです」。宝寿は言った。「虚空に釘を打てるか」。胡は言った。「どうか師よ、虚空を打ち破って持って来てください」。宝寿はすぐに打った。胡は納得しなかった。宝寿は言った。「いつかおのずと口数の多い師が現れて、お前のために見破ってくれるだろう」。胡は後に趙州に会って、前の話を持ち出した。趙州は言った。「お前はどうして彼に打たれたのか」。胡は言った。「過ちがどこにあるのか分かりません」。趙州は言った。「この一つの継ぎ目さえどうにもできないのに、さらに彼に虚空を打ち破らせようというのか」。胡はそのまま引き下がった。趙州は代わりに言った。「まずはこの一つの継ぎ目に釘を打て」。胡はそこで気づくところがあった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・能く人の過ちを掩ふ余晉中を觀察するに、每に堂に升れば、首領官凡そ四人あり。堂官に先揖し、次に班を分かちて對揖す。一日、三人は公を以て出で、一人堂に在り。偶たま對班の人無きを忘れ、又た忽ち揖し下り、起ちて、愧づること言ふ可からず。群吏口を忍びて笑ふ。余揖手して之に謂ひて曰く、「事有らば先に退くを妨げず」と。揖する者退き、其の色頓に平らかなり。偶たま此の舉は能く人の過ちを掩ふ、以て前失を補ふ可し。因りて之を識して以て忠厚の端に充つと云ふ。
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『学問のすゝめ』十四編・心事の棚卸し・世の事変は活物にてまた人の性に智愚強弱の別ありといえども、みずから禽獣の智恵にも叶わぬと思う者はあるべからず。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なれば自分の手にも叶うことと思い、自分相応にこれを引き受くることなれども、その事を行なうの間に、思いのほかに失策多くして最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分にも後悔すること多し。世に功業を企てて誤る者を傍観すれば、実に捧腹にも堪えざるほどの愚を働きたるように見ゆれども、そのこれを企てたる人は必ずしもさまで愚なるにあらず、よくその情実を尋ぬれば、また尤もなる次第あるものなり。畢竟世の事変は活物にて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。
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孟子・公孫丑章句下燕人畔く。王曰く、「吾甚だ孟子に慚づ。」陳賈曰く、「王患うること無かれ。王自ら以て周公と孰れか仁且つ智なりと為すか。」王曰く、「惡。是れ何の言ぞや。」曰く、「周公、管叔をして殷を監せしむ。管叔、殷を以て畔く。知りて之を使むれば、是れ不仁なり。知らずして之を使むれば、是れ不智なり。仁智は周公も未だ之れ盡くさざるなり。而るを況んや王に於いてをや。賈請う、見て之を解かん。」孟子を見て、問いて曰く、「周公は何人ぞや。」曰く、「古の聖人なり。」曰く、「管叔をして殷を監せしめしに、管叔、殷を以て畔く。諸れ有りや。」曰く、「然り。」曰く、「周公は其れ將に畔かんとするを知りて之に使むるか。」曰く、「知らざるなり。」「然らば則ち聖人すら且つ過つこと有るか。」曰く、「周公は弟なり。管叔は兄なり。周公の過つも、亦た宜ならずや。且つ古の君子は、過てば則ち之を改む。今の君子は、過てば則ち之に順う。古の君子は、其の過つや、日月の食するが如し。民皆之を見る。其の更むるに及んでや、民皆之を仰ぐ。今の君子は、豈に徒に之に順うのみならんや。又從って之が辭を為す。」
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