碧巌録 / 第四十五則
舉。僧問趙州。萬法歸一。一歸何處州云。我在青州。作一領布衫。重七斤。
新字:舉。僧問趙州。万法帰一。一帰何処州云。我在青州。作一領布衫。重七斤。
書き下し
挙す。僧、趙州に問ふ、「万法一に帰す、一何れの処にか帰す」。州云く、「我れ青州に在つて一領の布衫を作る、重きこと七斤」。
現代語訳
取り上げる。ある僧が趙州に問うた。「あらゆるものは一つに帰する。その一つはどこに帰するのか」。趙州は言った。「わしは青州にいた時に一枚の麻の上着を作った。重さは七斤だった」。
解説
第四十五則の本則で、趙州の七斤布衫として名高い公案である。万法一に帰す、一何れの処にか帰すという僧の問いは、多様な現象を一つの根源にまとめ、さらにその根源の行方を問う哲学的な問いである。趙州は抽象の議論に乗らず、青州で作った一枚の布衫が七斤あったと、具体的で平凡な事実だけを答えた。根源を求めて上へ上へと昇っていく思考を、日常の手触りへと引き戻しているのである。抽象的な理念を掲げるほど、足元の具体的な事実から離れていく危うさを示す公案である。
この章句が説くこと
公案言葉日常一趙州布衫
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