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碧巌録 / 第四十三則

浮山遠錄公。以此公案。為五位之格。若會得一則。餘者自然易會。巖頭道。如水上葫蘆子相似。捺著便轉。殊不消絲毫氣力。曾有僧問洞山。文殊普賢來參時如何。山云。趕向水牯牛群裏去。僧云。和尚入地獄如箭。山云。全得他力。洞山道。何不向無寒暑處去。此是偏中正。僧云。如何是無寒暑處。山云。寒時寒殺闍黎。熱時熱殺闍黎。此是正中偏。雖正却偏雖偏。却圓曹洞錄中。備載子細。若是臨濟下。無許多事。這般公案直下便會。有者道。大好無寒暑。有什麼巴鼻。古人道。若向劍刃上走則快。若向情識上見則遲。不見僧問翠微。如何是祖師西來意。微云。待無人來。向爾道。遂入園中行。僧云。此間無人。請和尚道。微指竹云。這一竿竹得恁麼長。那一竿竹得恁麼短其僧忽然大悟。又曹山問僧。恁麼熱。向什麼處迴避。僧云。鑊湯爐炭裏迴避。山云。鑊湯爐炭裏如何迴避。僧云。眾苦不能到。看他家裏人。自然會他家裏人說話。雪竇用他家裏事頌出。

新字:浮山遠録公。以此公案。為五位之格。若会得一則。余者自然易会。巖頭道。如水上葫蘆子相似。捺著便転。殊不消糸毫気力。曽有僧問洞山。文殊普賢来参時如何。山云。趕向水牯牛群裏去。僧云。和尚入地獄如箭。山云。全得他力。洞山道。何不向無寒暑処去。此是偏中正。僧云。如何是無寒暑処。山云。寒時寒殺闍黎。熱時熱殺闍黎。此是正中偏。雖正却偏雖偏。却円曹洞録中。備載子細。若是臨済下。無許多事。這般公案直下便会。有者道。大好無寒暑。有什麼巴鼻。古人道。若向剣刃上走則快。若向情識上見則遅。不見僧問翠微。如何是祖師西来意。微云。待無人来。向爾道。遂入園中行。僧云。此間無人。請和尚道。微指竹云。這一竿竹得恁麼長。那一竿竹得恁麼短其僧忽然大悟。又曹山問僧。恁麼熱。向什麼処迴避。僧云。鑊湯炉炭裏迴避。山云。鑊湯炉炭裏如何迴避。僧云。衆苦不能到。看他家裏人。自然会他家裏人説話。雪竇用他家裏事頌出。

書き下し

浮山遠録公、此の公案を以て五位の格と為す。若し一則を会得せば、余は自然に会し易し。巌頭道ふ、「水上の葫蘆子の如くに相似たり、捺著すれば便ち転ず」。殊に糸毫の気力を消ひず。曾て僧有り洞山に問ふ、「文殊・普賢来参する時如何」。山云く、「水牯牛群裏に趕向し去れ」。僧云く、「和尚地獄に入ること箭の如し」。山云く、「全く他の力を得たり」。洞山道ふ、「何ぞ無寒暑の処に向かつて去らざる」。此れは是れ偏中正。僧云く、「如何なるか是れ無寒暑の処」。山云く、「寒時は闍黎を寒殺し、熱時は闍黎を熱殺す」。此れは是れ正中偏。正なりと雖も却つて偏、偏なりと雖も却つて円。曹洞録中に備さに子細を載す。若し是れ臨済下ならば、許多の事無し。這般の公案、直下に便ち会す。有る者道ふ、「大好し無寒暑、什麼の巴鼻か有らん」。古人道ふ、「若し剣刃上に向かつて走らば則ち快く、若し情識上に向かつて見れば則ち遅し」。見ずや、僧、翠微に問ふ、「如何なるか是れ祖師西来の意」。微云く、「人の来たること無きを待つて、汝に向かつて道はん」。遂に園中に入つて行く。僧云く、「此の間人無し、請ふ和尚道へ」。微、竹を指して云く、「這の一竿の竹は恁麼に長きことを得、那の一竿の竹は恁麼に短きことを得たり」。其の僧忽然として大悟す。又曹山、僧に問ふ、「恁麼に熱し、什麼の処に向かつてか迴避せん」。僧云く、「鑊湯炉炭裏に迴避せん」。山云く、「鑊湯炉炭裏、如何が迴避せん」。僧云く、「衆苦も到ること能はず」。看よ他の家裏の人、自然に他の家裏の人の説話を会す。雪竇、他の家裏の事を用ひて頌出す。

現代語訳

浮山法遠は、この公案を五位の手本とした。もし一則を会得すれば、残りは自然に会得しやすい。巌頭は言った。「水に浮かぶ瓢箪のようなものだ。押さえればすぐくるりと回る」。少しの力も要らない。かつてある僧が洞山に問うた。「文殊や普賢が参じて来た時はどうするか」。洞山は言った。「水牛の群れの中へ追い込んでしまえ」。僧は言った。「和尚が地獄に落ちるのは矢のように速いでしょう」。洞山は言った。「すっかり彼らの力を得たのだ」。洞山が「なぜ寒さも暑さもない所へ行かないのか」と言ったのは偏中正である。僧が「寒さも暑さもない所とはどこか」と言い、洞山が「寒い時はお前を寒さで殺し、暑い時はお前を暑さで殺す」と言ったのは正中偏である。正でありながらかえって偏、偏でありながらかえって円である。曹洞の語録に詳しく載っている。もし臨済の門下なら、こんな面倒はない。こうした公案はそのまま即座に会得する。ある者は言う。「寒暑がないとは結構なことだ、何のよりどころがあろうか」。古人は言った。「剣の刃の上を走るなら速いが、情や知識の上で見るなら遅い」。見なかったか、ある僧が翠微に「祖師が西から来た意とは何か」と問うと、翠微は「人が来なくなるのを待ってお前に言おう」と言い、そのまま庭の中へ入って行った。僧が「ここには誰もいません、どうか和尚、言ってください」と言うと、翠微は竹を指して「この一本の竹はこんなに長く、あの一本の竹はこんなに短い」と言った。その僧はたちまち大悟した。また曹山が僧に問うた。「こんなに暑い、どこへ避けるか」。僧は言った。「煮えたぎる釜や燃える炭の中へ避けます」。曹山は言った。「煮えたぎる釜や燃える炭の中で、どう避けるのか」。僧は言った。「もろもろの苦しみも到ることができません」。見よ、同じ家の者は、おのずから同じ家の者の話を会得する。雪竇は彼らの家の中の事を用いて頌を作ったのである。

解説

圜悟の評唱の後半である。浮山法遠がこの公案を五位の手本としたことを紹介し、洞山の二つの答えをそれぞれ偏中正、正中偏にあてはめる。ただし臨済の門下ならそうした細かな体系は要らず、直下に会得するとも言い添える。翠微が長い竹と短い竹を指して僧を悟らせた話や、曹山の僧が煮えたぎる釜の中へ避けると答えた話を並べる。いずれも苦や差別のただ中にこそ安らぎがあることを示している。体系で理解する道と直感で掴む道を、ともに尊重する姿勢が見て取れる。同じ家の者は同じ家の言葉を会得するとも言う。

この章句が説くこと

評唱五位逆境差別曹山翠微

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