碧巌録 / 第三十八則
風穴乃臨濟下尊宿。臨濟當初在黃檗會下栽松次。檗云。深山裏栽許多松作什麼。濟云。一與山門作境致。二與後人作標榜。道了便钁地一下。檗云。雖然如是。子已喫二十棒了也。濟又打地一下云。噓噓。檗云。吾宗到汝大興於世。溈山喆云。臨濟恁麼。大似平地喫交。雖然如是。臨危不變。始稱真丈夫。檗云。吾宗到汝大興於世。大似憐兒不覺醜。後來溈山問仰山。黃檗當時。只囑付臨濟一人。別更有在。仰山云有。只是年代深遠。不欲舉似和尚。溈山。云雖然如是。吾亦要知。但舉看。仰山云。一人指南吳越令行。遇大風即止。此乃讖風穴也。
新字:風穴乃臨済下尊宿。臨済当初在黄檗会下栽松次。檗云。深山裏栽許多松作什麼。済云。一与山門作境致。二与後人作標榜。道了便钁地一下。檗云。雖然如是。子已喫二十棒了也。済又打地一下云。噓噓。檗云。吾宗到汝大興於世。溈山喆云。臨済恁麼。大似平地喫交。雖然如是。臨危不変。始称真丈夫。檗云。吾宗到汝大興於世。大似憐児不覚醜。後来溈山問仰山。黄檗当時。只囑付臨済一人。別更有在。仰山云有。只是年代深遠。不欲舉似和尚。溈山。云雖然如是。吾亦要知。但舉看。仰山云。一人指南呉越令行。遇大風即止。此乃讖風穴也。
書き下し
風穴は乃ち臨済下の尊宿なり。臨済当初黄檗の会下に在りて松を栽うる次で、檗云く、深山裏に許多の松を栽ゑて什麼をか作す。済云く、一には山門の与に境致と作し、二には後人の与に標榜と作さんと。道ひ了りて便ち钁もて地を一下す。檗云く、是の如くなりと雖然も、子已に二十棒を喫し了れり。済又地を打つこと一下して云く、噓噓。檗云く、吾が宗汝に到りて大いに世に興らんと。溈山喆云く、臨済恁麼なるは、大いに平地に交を喫するに似たり。是の如くなりと雖然も、危ふきに臨んで変ぜず、始めて真丈夫と称す。檗云く、吾が宗汝に到りて大いに世に興らんと、大いに児を憐れんで醜きを覚えざるに似たりと。後来溈山仰山に問ふ、黄檗当時只だ臨済一人に嘱付するや、別に更に在りや。仰山云く、有り。只だ是れ年代深遠にして、和尚に挙似することを欲せず。溈山云く、是の如くなりと雖然も、吾も亦た知らんと要す、但だ挙し看よ。仰山云く、一人南を指して呉越に令行はれ、大風に遇うて即ち止まんと。此れ乃ち風穴を讖するなり。
現代語訳
風穴は臨済門下の長老である。臨済が初め黄檗の門下にいて松を植えていたとき、黄檗が言った、「こんな深山にたくさんの松を植えてどうするのか」。臨済は言った、「一つには寺の景観とするため、二つには後の人の目印とするためです」。言い終わると、鍬で地面を一打ちした。黄檗は言った、「そうは言っても、お前はもう二十棒をくらったぞ」。臨済はまた地面を一打ちして、「ふう、ふう」と言った。黄檗は言った、「わが宗旨はお前に至って大いに世に興るだろう」。溈山喆(大溈慕喆)は言った、「臨済のこのありさまは、平地で転んだようなものだ。とはいえ、危うきに臨んで動じないのでこそ、真の丈夫と言える。黄檗が、わが宗旨はお前に至って大いに世に興るだろうと言ったのは、わが子かわいさに醜さに気づかないようなものだ」。のちに溈山が仰山に問うた、「黄檗はあのとき、臨済一人にだけ法を託したのか、それとも別にまだいるのか」。仰山は言った、「おります。ただ、はるか後の時代のことなので、和尚にお話ししたくないのです」。溈山は言った、「そうは言っても、わしも知りたい。とにかく言ってみよ」。仰山は言った、「一人が南を指して行き、呉越の地で教えが行われるが、大風に遇えば止むでしょう」。これは風穴のことを予言したものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『臨済録』行録師松を栽うる次いで、黃蘗問ふ、「深山裏に許多を栽ゑて、什麼をか作す」と。師云く、「一には山門與に境致を作し、二には後人與に標榜を作す」と。道ひ了りて、钁頭を將って地を打つこと三下。黃蘗云く、「然りと雖も是くの如し、子已に吾が三十棒を喫し了れり」と。師又た钁頭を以て地を打つこと三下、噓噓の聲を作す。黃蘗云く、「吾が宗、汝に到りて大いに世に興らん」と。後に溈山此の語を舉げて仰山に問ふ、「黃蘗當時秖だ臨濟一人に囑す。更に人有りや」と。仰山云く、「有り。秖だ是れ年代深遠にして、和尚に舉似せんと欲せず」と。溈山云く、「然りと雖も是くの如し、吾も亦た知らんことを要す。汝但だ舉し看よ」と。仰山云く、「一人南を指して吳越に令行はれ、大風に遇へば即ち止まん」と。
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『碧巌録』第三十八則穴初め雪峰に参ずること五年。因みに臨済入堂して、両堂の首座斉しく一喝を下す。僧臨済に問ふ、還た賓主有りや也た無しや。済云く、賓主歴然と、を請益す。穴云く、未審し意旨如何。峰云く、吾れ昔巌頭・欽山と、去いて臨済に見えんとするに、途中に在りて已に遷化せりと聞く。若し他の賓主の話を会せんと要せば、須らく是れ他の宗派下の尊宿に参ずべし。穴後に又瑞巌の常に自ら主人公と喚びて、自ら喏と云ひ、復た云く、惺惺著、他後人の瞞を受くること莫れと云ふを見て、穴云く、自ら拈じ自ら弄す、什麼の難きことか有らん。後に襄州の鹿門に在りて廓侍者と夏を過ごす。廓他を指して来りて南院に参ぜしむ。穴云く、入門には須らく主を辨ずべし、端的に請ふ師分かてと。一日遂に南院に見えて、前話を挙して云く、某甲特に来りて親覲す。南院云く、雪峰は古仏なり。
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『碧巌録』第十一則檗、住して後、機鋒峭峻なり。臨済会下に在り、睦州首座たり。問うて云く、上座此に在ること多時、何ぞ去きて問話せざる。済云く、某甲をして什麼の話をか問はしめば即ち得ん。座云く、何ぞ去きて如何なるか是れ仏法的的の大意と問はざる。済便ち去きて問ひ、三度打ち出さる。済、座に辞して曰く、首座の三番去きて問はしむるを蒙り、打ち出さる。恐らくは因縁這裏に在らず。暫く且く山を下らん。座云く、子若し去らば、須らく和尚に辞して去りて方に可なるべし。首座預め去きて檗に白して云く、問話の上座、甚だ得べからず。和尚何ぞ穿鑿して一株の樹と成し去りて、後人の与に陰涼と為さしめざる。檗云く、吾已に知れり。済来たり辞す。檗云く、汝別処に向かつて去くことを得ざれ。直に高安灘頭に向かつて大愚に見え去れ。済、大愚に到りて、遂に前話を挙す。知らず、某甲過什麼の処にか在る。愚云く、黄檗与麼に老婆心切に、儞が為に徹困す。更に什麼の有過無過をか説かん。済忽然として大悟して云く、黄檗の仏法、多子無し。大愚搊住して云く、儞適来又過有りと道ひ、而今却つて仏法多子無しと道ふ。済、大愚の脇下に於て築くこと三拳。愚、拓開して云く、汝が師は黄檗なり、我が事に干るに非ず。
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『碧巌録』第三十八則次の日に至りて、南院只だ平常の問を作して云く、今夏什麼の処にか在る。穴云く、鹿門に廓侍者と同じく夏を過ごす。院云く、元来親しく作家に見え来る。又云く、他爾に向かつて什麼をか道ふ。穴云く、始終只だ某甲をして一向に主と作らしむ。院便ち打ちて方丈より推し出して云く、這般の敗缺を納るる底の漢、什麼の用処か有らん。穴此より服膺して、南院の会下に在りて園頭と作る。一日院園裏に到りて問うて云く、南方の一棒、作麼生か商量す。穴云く、奇特の商量を作す。穴云く、和尚此間は作麼生か商量す。院棒を拈起して云く、棒下の無生忍、機に臨んで師に譲らず。穴是に於て豁然として大悟す。
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『碧巌録』第三十八則風穴初めて南院に到りて、入門するに礼拝せず。院云く、入門には須らく主を辨ずべし。穴云く、端的に請ふ師分かてと。院左手もて膝を拍つこと一下す。穴便ち喝す。院右手もて膝を拍つこと一下す。穴も亦た喝す。院左手を挙げて云く、這箇は即ち闍黎に従ふ。又右手を挙げて云く、這箇は又作麼生。穴云く、瞎。院遂に拄杖を拈ず。穴云く、什麼をか作す。某甲拄杖を奪却して、和尚を打著せん。道はずと言ふこと莫れ。院便ち拄杖を擲下して云く、今日這の黄面の浙子に、鈍置せらるること一上。穴云く、和尚大いに鉢を持ち得ずして、詐りて飢ゑずと道ふに似たり。院云く、闍黎曾て此間に到ること莫しや。穴云く、是れ何の言ぞや。院云く、好好に借問す。穴云く、也た放過することを得ず。院云く、且く坐して茶を喫せよ。爾看よ、俊流は自ら是れ機鋒峭峻にして、南院も亦た未だ他を辨得せず。
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『碧巌録』第三十八則雪竇は風穴に這般の宗風有ることを知りて、便ち頌して道ふ、盧陂を擒得して鉄牛に跨る、三玄の戈甲未だ軽々しく酬いずと。臨済下に三玄三要有り。凡そ一句の中に須らく三玄を具すべく、一玄の中に須らく三要を具すべし。僧臨済に問ふ、如何なるか是れ第一句。済云く、三要印開して朱点窄し、未だ擬議を容れざるに主賓分かる。如何なるか是れ第二句。済云く、妙辨豈に無著の問ひを容れんや、漚和截流の機に負かず。如何なるか是れ第三句。済云く、但だ看よ棚頭に傀儡を弄するを、抽牽全く裏頭の人に藉る。風穴は一句の中に便ち三玄の戈甲を具し、七事身に随ふ。軽々しく他に酬いず。若し此の如くならずんば、盧陂を争奈何せん。後面に雪竇臨済下の機鋒を出ださんと要す。盧陂なるのみと道ふこと莫れ。仮饒楚王城畔、洪波浩渺として白浪天に滔るとも、尽く去いて朝宗するも、只だ一喝を消ひて、也た須らく倒流せしむべし。
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