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碧巌録 / 第二十九則

有僧問。劫火洞然。大千俱壞。未審這箇壞不壞。這僧只據教意來問。教中云。成住壞空。三災劫起。壞至三禪天。這僧元來不知話頭落處。且道這箇是什麼人。多作情解道。這箇是眾生本性。隋云。壞。僧云。恁麼則隨他去也。隋云。隨他去。只這箇。多少人情解。摸索不著。若道隨他去。在什麼處。若道不隨他去。又作麼生。不見道欲得親切。莫將問來問。後有僧問修山主。劫火洞然大千俱壞。未審這箇壞不壞。山主云。不壞。僧云。為什麼不壞。主云。為同於大千。壞也礙塞殺人。不壞也礙塞殺人。

新字:有僧問。劫火洞然。大千倶壊。未審這箇壊不壊。這僧只拠教意来問。教中云。成住壊空。三災劫起。壊至三禅天。這僧元来不知話頭落処。且道這箇是什麼人。多作情解道。這箇是衆生本性。隋云。壊。僧云。恁麼則随他去也。隋云。随他去。只這箇。多少人情解。摸索不著。若道随他去。在什麼処。若道不随他去。又作麼生。不見道欲得親切。莫将問来問。後有僧問修山主。劫火洞然大千倶壊。未審這箇壊不壊。山主云。不壊。僧云。為什麼不壊。主云。為同於大千。壊也礙塞殺人。不壊也礙塞殺人。

書き下し

僧有り問ふ、「劫火洞然として大千倶に壊す。未審し這箇は壊するや壊せざるや」。這の僧は只だ教意に拠って来たり問ふ。教中に云く、「成住壊空、三災の劫起こり、壊して三禅天に至る」と。這の僧元来話頭の落処を知らず。且く道へ、這箇は是れ什麼人ぞ。多く情解を作して道ふ、這箇は是れ衆生の本性なりと。随云く、「壊す」。僧云く、「恁麼ならば則ち他に随ひ去るや」。随云く、「他に随ひ去る」。只だ這箇、多少の人か情解して、摸索不著なる。若し他に随ひ去ると道はば、什麼の処にか在る。若し他に随ひ去らずと道はば、又作麼生。道ふを見ずや、「親切を得んと欲せば、問を将って来たり問ふこと莫れ」と。後に僧有り、修山主に問ふ、「劫火洞然として大千倶に壊す。未審し這箇は壊するや壊せざるや」。山主云く、「壊せず」。僧云く、「什麼と為てか壊せざる」。主云く、「大千に同じきが為なり」。壊も也た人を礙塞殺し、不壊も也た人を礙塞殺す。

現代語訳

ある僧が問うた。「世界の終わりの劫火が燃えさかり、三千大千世界がことごとく壊れるとき、いったいこれは壊れるのですか、壊れないのですか」。この僧はただ経典の教えに拠って問うてきたのである。経典には「成・住・壊・空の四劫がめぐり、火・水・風の三災の劫が起こると、壊れて第三禅天にまで至る」とある。この僧はもともと話の落ち着きどころを知らない。さあ言え、この「これ」とは何者か。多くの人は情による解釈をして、これは衆生の本性だと言う。大随は「壊れる」と言った。僧は「それなら、これも世界と一緒に去ってしまうのですね」と言った。大随は「一緒に去ってしまう」と言った。ただこの一点について、どれほど多くの人が情で解釈して、手探りしても届かないことか。一緒に去ると言うなら、それはどこにあるのか。一緒に去らないと言うなら、ではどうなのか。聞いたことがないか。「親しく切実なものを得たいなら、問いを持ってきて問うてはならない」と。のちにある僧が修山主に問うた。「世界の終わりの劫火が燃えさかり、三千大千世界がことごとく壊れるとき、いったいこれは壊れるのですか、壊れないのですか」。修山主は言った。「壊れない」。僧は言った。「なぜ壊れないのですか」。修山主は言った。「三千大千世界と同じだからだ」。壊れると言っても人をふさぎ殺し、壊れないと言っても人をふさぎ殺す。

解説

圜悟の評唱の続きで、問答の中身を検める。僧は経典の成住壊空の教えに拠って、衆生の本性は劫火で壊れるかと問うた。大随は壊すと答え、後に同じ問いを受けた修山主は壊れないと答えた。正反対の答えだが、圜悟はどちらも人を塞ぎ殺すと言う。壊れると言えば虚無に、壊れないと言えば永遠の実体に、人はしがみつくからである。問いを持ち込んで問う限り、親切な答えは得られない。白黒の答えを求める問いそのものを手放したとき、二つの答えが同じ所を指していることが見えてくる。

この章句が説くこと

成住壊空修山主情解分別無常公案

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