碧巌録 / 第二十六則
臨機具眼。不顧危亡。所以道。不入虎穴。爭得虎子。百丈尋常如虎插翅相似。這僧也不避死生。敢捋虎鬚便問。如何是奇特事。這僧也具眼。百丈便與他擔荷云。獨坐大雄峯。其僧便禮拜。衲僧家須是別未問已前意始得。這僧禮拜。與尋常不同。也須是具眼始得。莫教平生心膽向人傾。相識還如不相識。只這僧問。如何是奇特事。百丈云。獨坐大雄峯。僧禮拜。丈便打。看他放去則一時俱是。收來則掃蹤滅跡。且道他便禮拜意旨如何。若道是好。因甚百丈便打他作什麼。若道是不好。他禮拜有什麼不得處。到這裏須是識休咎別緇素。立向千峯頂上始得。
新字:臨機具眼。不顧危亡。所以道。不入虎穴。争得虎子。百丈尋常如虎挿翅相似。這僧也不避死生。敢捋虎鬚便問。如何是奇特事。這僧也具眼。百丈便与他担荷云。独坐大雄峯。其僧便礼拝。衲僧家須是別未問已前意始得。這僧礼拝。与尋常不同。也須是具眼始得。莫教平生心胆向人傾。相識還如不相識。只這僧問。如何是奇特事。百丈云。独坐大雄峯。僧礼拝。丈便打。看他放去則一時倶是。収来則掃蹤滅跡。且道他便礼拝意旨如何。若道是好。因甚百丈便打他作什麼。若道是不好。他礼拝有什麼不得処。到這裏須是識休咎別緇素。立向千峯頂上始得。
書き下し
機に臨んで眼を具し、危亡を顧みず。所以に道ふ、「虎穴に入らずんば、争でか虎子を得ん」と。百丈は尋常虎の翅を挿むが如くに相似たり。這の僧も也た死生を避けず、敢へて虎鬚を捋でて便ち問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。這の僧も也た眼を具す。百丈便ち他の与に担荷して云く、「独坐大雄峰」。其の僧便ち礼拝す。衲僧家は須らく是れ未だ問はざる已前の意を別って始めて得べし。這の僧の礼拝は、尋常と同じからず。也た須らく是れ眼を具して始めて得べし。平生の心胆をして人に向かって傾けしむること莫れ、相識るも還た相識らざるが如し。只だ這の僧問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。百丈云く、「独坐大雄峰」。僧礼拝す。丈便ち打つ。看よ他の放ち去れば則ち一時に倶に是、収め来たれば則ち蹤を掃ひ跡を滅するを。且く道へ、他の便ち礼拝する意旨如何。若し是れ好しと道はば、甚に因ってか百丈便ち他を打つ、什麼をか作す。若し是れ不好と道はば、他の礼拝に什麼の不得の処か有る。這裏に到って須らく是れ休咎を識り緇素を別って、千峰の頂上に向かって立って始めて得べし。
現代語訳
機に臨んで眼を備え、危険も滅亡も顧みない。だから言う。「虎の穴に入らなければ、どうして虎の子を得られようか」と。百丈はふだんから虎に翼をつけたような人であった。この僧も生死を避けず、あえて虎のひげをなでるようにして「世にもまれなすばらしい事とは何ですか」と問うた。この僧もまた眼を備えている。百丈はすぐに彼のために引き受けて「わしがひとりこの大雄峰に坐っていることだ」と言った。その僧はすぐに礼拝した。禅僧は、まだ問わないうちの意をこそ見分けなければならない。この僧の礼拝は、ふだんのものとは違う。やはり眼を備えていなければならない。日ごろの肝っ玉をむやみに人に向かって傾けてはならない。知り合いであっても、知らない人のようにふるまえ。この僧は「世にもまれなすばらしい事とは何ですか」と問い、百丈は「わしがひとりこの大雄峰に坐っていることだ」と言い、僧は礼拝し、百丈はすぐに打った。見よ、放つときは一度にすべてが是となり、収めるときは足跡を払い跡形を消すさまを。さあ言え、僧がすぐに礼拝した意図はどうか。よいと言うなら、なぜ百丈はすぐに彼を打ったのか、何のためか。よくないと言うなら、彼の礼拝にどんな至らぬところがあるのか。ここに至っては、吉凶を見分け黒白を見分けて、千峰の頂に立ってこそよい。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』文公二年 狼瞫、死所を得る瞫曰く、「《周志》に之れ有り、『勇にして則ち上を害するは、明堂に登らず』と。死して義ならざるは、勇に非ざるなり。共に用ゐらるる之を勇と謂ふ。吾勇を以って右を求む。勇無くして黜けらるるは、亦た其の所なり。上我を知らずと謂ふも、黜けられて宜ならば、乃ち我を知るなり。子姑く之を待て」と。彭衙に及びて既に陳し、其の屬を以って秦の師に馳せ、焉に死す。晉の師之に從ひ、大いに秦の師を敗る。君子謂ふ、狼瞫是に於いてか君子なり、と。《詩》に曰く、「君子如し怒らば、亂庶(こひねが)はくは遄(すみ)やかに沮(や)まん」と。又曰く、「王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整ふ」と。怒りて亂を作さず、而して以って師に從ふ、君子と謂ふ可し。秦伯猶ほ孟明を用ふ。孟明增して國政を脩め、重ねて民に施す。趙成子諸大夫に言ひて曰く、「秦の師又至らば、將に必ず之を辟けんとす。懼れて德を增す、當たる可からざるなり。《詩》に曰く、『爾が祖を念ふ毋からんや、聿(ここ)に厥の德を脩む』と。孟明之を念へり。德を念ひて怠らず、其れ敵す可けんや」と。
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『春秋左氏伝』哀公二年 鉄の戦い下卿の罰なり」と。甲戌、將に戰はんとす。郵無恤、簡子に御たり、衛の太子右たり。鐵上に登り、鄭の師の眾きを望見す。大子懼れ、自ら車下に投ず。子良、大子に綏を授けて之に乘らしめて曰く、「婦人なり」と。簡子列を巡りて曰く、「畢萬は匹夫なり。七たび戰ひて皆獲、馬百乘を有ちて、牖下に死せり。群子之を勉めよ。死は寇に在らず」と。繁羽、趙羅に御たり、宋勇右たり。羅勇無く、之を麇(つな)ぐ。吏之を詰る。御對へて曰く、「痁作りて伏せり」と。衛の大子禱りて曰く、「曾孫蒯聵、敢へて昭らかに皇祖文王・烈祖康叔・文祖襄公に告ぐ。鄭勝は亂に從ひ、晉午は難に在りて、亂を治むる能はず、鞅をして之を討たしむ。蒯聵敢へて自ら佚せず、矛を持するに備はる。敢へて告ぐ、筋を絕つこと無く、骨を折ること無く、面を傷つくること無く、以て大事を集(な)さしめよ。三祖の羞と作ること無からん。大命は敢へて請はず。佩玉は敢へて愛まず」と。鄭人、簡子を擊ちて肩に中つ。車中に斃る。其の蜂旗を獲たり。大子之を救ふに戈を以てす。鄭の師北(に)ぐ。溫の大夫趙羅を獲たり。大子復た之を伐つ。
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言志四録・言志耋録 第二百三十九条 真勇は怯なるが如し真勇は怯なるが如く、真智は愚なるが如く、真才は鈍なるが如く、真巧は拙なるが如し。
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