碧巌録 / 第二十二則
只如百丈問黃檗。甚處去來。檗云。大雄山下採菌去來。丈云。還見大蟲麼。檗便作虎聲。丈便拈斧作斫勢。檗遂打百丈一摑。丈吟吟而。笑便歸陞座謂眾云。大雄山有一大蟲。汝等諸人。切須好看。老僧今日。親遭一口趙州凡見僧便問曾到此間麼。云曾到。或云不曾到。州總云喫茶去。院主云。和尚尋常問僧。曾到與不曾到。總道喫茶去。意旨如何。州云。院主。主應諾州云。喫茶去。紫胡門下立一牌。牌上書云。紫胡有一狗。上取人頭。中取人腰。下取人脚。擬議則喪身失命。或新到纔相看。師便喝云。看狗。僧纔回首。師便歸方丈。正如雪峯道。南山有一條鼈鼻蛇。汝等諸人切須好看。正當恁麼時。爾作麼生祇對。不躡前蹤。試請道看。
新字:只如百丈問黄檗。甚処去来。檗云。大雄山下採菌去来。丈云。還見大虫麼。檗便作虎声。丈便拈斧作斫勢。檗遂打百丈一摑。丈吟吟而。笑便帰陞座謂衆云。大雄山有一大虫。汝等諸人。切須好看。老僧今日。親遭一口趙州凡見僧便問曽到此間麼。云曽到。或云不曽到。州総云喫茶去。院主云。和尚尋常問僧。曽到与不曽到。総道喫茶去。意旨如何。州云。院主。主応諾州云。喫茶去。紫胡門下立一牌。牌上書云。紫胡有一狗。上取人頭。中取人腰。下取人脚。擬議則喪身失命。或新到纔相看。師便喝云。看狗。僧纔回首。師便帰方丈。正如雪峯道。南山有一条鼈鼻蛇。汝等諸人切須好看。正当恁麼時。爾作麼生祇対。不躡前蹤。試請道看。
書き下し
只だ百丈の黄檗に問ふが如き、「甚れの処よりか去来す」。檗云く、「大雄山下に菌を採り去来す」。丈云く、「還た大虫を見るや」。檗便ち虎声を作す。丈便ち斧を拈じて斫る勢を作す。檗遂に百丈を打つこと一摑す。丈吟吟として笑ひ、便ち帰って陞座し、衆に謂って云く、「大雄山に一大虫有り。汝等諸人、切に須らく好く看るべし。老僧今日、親しく一口に遭ふ」。趙州、凡そ僧を見れば便ち問ふ、「曾て此間に到るや」。云く、「曾て到る」。或いは云く、「曾て到らず」。州総て云く、「喫茶去」。院主云く、「和尚尋常僧に問ふ、曾て到ると曾て到らずと、総て喫茶去と道ふ、意旨如何」。州云く、「院主」。主応諾す。州云く、「喫茶去」。紫胡の門下に一牌を立つ。牌上に書して云く、「紫胡に一狗有り、上は人の頭を取り、中は人の腰を取り、下は人の脚を取る。擬議すれば則ち喪身失命す」。或いは新到纔かに相看すれば、師便ち喝して云く、「狗を看よ」。僧纔かに回首すれば、師便ち方丈に帰る。正に雪峰の「南山に一条の鼈鼻蛇有り、汝等諸人切に須らく好く看るべし」と道ふが如し。正当恁麼の時、爾作麼生か祇対せん。前蹤を躡まず、試みに請ふ道ひ看よ。
現代語訳
たとえば百丈が黄檗に「どこへ行ってきたのか」と問うた。黄檗は「大雄山の麓へ茸を採りに行ってきました」と言った。百丈は「虎を見たか」と言った。黄檗はすぐに虎の吼え声をまねた。百丈は斧を手に取って斬りつけるそぶりをした。黄檗はそこで百丈に平手打ちを一つ食らわせた。百丈はにこにこと笑い、帰って説法の座に上り、修行僧たちに言った。「大雄山に一匹の大きな虎がいる。お前たち、くれぐれもよく見よ。わしは今日、じかにひと噛みされた」。趙州は僧に会うと決まって「ここに来たことがあるか」と問うた。「来たことがあります」と言う者もあり、「来たことがありません」と言う者もあったが、趙州はどちらにも「お茶を飲んでゆけ」と言った。院主が言った。「和尚はいつも僧に来たことがあるかないかを問い、どちらにもお茶を飲んでゆけと言われますが、どういうお心ですか」。趙州は「院主よ」と呼んだ。院主が「はい」と応えると、趙州は「お茶を飲んでゆけ」と言った。紫胡の門前には一枚の札が立ててあり、こう書かれていた。「紫胡に一匹の犬がいる。上は人の頭を取り、中は人の腰を取り、下は人の脚を取る。ためらえば命を落とす」。新たに来た僧が対面すると、紫胡はすぐに「犬を見よ」と一喝した。僧が振り向いたとたん、紫胡はさっさと方丈に帰ってしまった。まさに雪峰が「南山に一匹のスッポン鼻の毒蛇がいる。お前たち、くれぐれもよく見よ」と言ったのと同じである。まさにそのとき、お前はどう応じるか。先人の足跡を踏まずに、試みに言ってみよ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第八十五則好箇の斑斑、爪牙未だ備はらずとは、是なることは則ち是れ箇の大虫、也た牙を蔵し爪を伏することを解す、争奈せん人を咬むことを解せざることを。君見ずや、大雄山下忽ち相逢ふ、落落たる声光皆な地を振るふ。百丈一日黄檗に問うて云く、「什麼の処よりか来る」。檗云く、「山下に菌子を採り来る」。丈云く、「還た大虫を見るや」。檗便ち虎声を作す。丈、腰下より斧を取つて斫る勢を作す。檗、約住して便ち掌す。丈、晩に至つて上堂して云く、「大雄山下に一虎有り、汝等諸人、出入に切に須らく好く看るべし。老僧今日親しく一口に遭ふ」と。後来、溈山、仰山に問ふ、「黄檗の虎の話作麼生」。仰云く、「和尚の尊意如何」。溈山云く、「百丈当時合に一斧にて斫殺すべし。什麼に因つてか此の如くなるに到る」。仰山云く、「然らず」。溈山云く、「子又た作麼生」。仰山云く、「唯だ虎頭に騎るのみにあらず、亦た虎尾を収むることを解す」。溈山云く、「寂子、甚だ嶮崖の句有り」。雪竇引用して前面の公案を明かす。声光落落として大地に振るふなり。這箇些子、転変自在にして、句中に出身の路有らんことを要す。大丈夫、見るや也た無しや。還た見るや。虎尾を収めて虎鬚を捋づ。也た須らく是れ本分なるべし。任ひ爾虎尾を収め虎鬚を捋づるも、未だ一時に鼻孔を穿却することを免れず。
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『碧巌録』第十一則初め百丈に到る。丈問うて云く、巍巍堂堂、什麼の処よりか来たる。檗云く、巍巍堂堂、嶺中より来たる。丈云く、来たること何事の為ぞ。檗云く、別事の為ならず。百丈深く之を器とす。次の日百丈を辞す。丈云く、什麼の処にか去る。檗云く、江西に馬大師を礼拝し去る。丈云く、馬大師已に遷化し去れり。儞道へ、黄檗恁麼に問ふは、是れ知りて来たり問ふか、是れ知らずして来たり問ふか。却つて云く、某甲特地に去きて礼拝せんとするも、福縁浅薄にして一見に及ばず。未審し、平日何の言句か有る。願はくは挙示を聞かん。丈遂に再び馬祖に参ぜし因縁を挙す。祖、我が来たるを見て、便ち払子を竪起す。我問うて云く、此に即して用ゐるか、此を離れて用ゐるか。祖遂に払子を禅床の角に掛けて良久す。祖却つて我に問ふ、汝已後両片皮を鼓して、如何が人の為にせん。我払子を取りて竪起す。祖云く、此に即して用ゐるか、此を離れて用ゐるか。我払子を将て禅床の角に掛く。祖、威を振るつて一喝す。我当時直に三日耳聾することを得たり。黄檗覚えず悚然として舌を吐く。
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『碧巌録』第二十六則這の僧便ち礼拝す、虎鬚を捋づるに似て相似たり。只だ転身の処を争ふ。頼ひに百丈の頂門に眼有り、肘後に符有り、四天下を照破し、深く来風を辨ずるに値ふ。所以に便ち打つ。若し是れ別人ならば他を奈何ともする無し。這の僧は機を以て機に投じ、意を以て意を遣る。他の所以に礼拝す。南泉云ふが如し、「文殊・普賢、昨夜三更に仏見法見を起こす、各二十棒を与へて、二鉄囲山に貶向し去れり」。時に趙州衆を出でて云く、「和尚の棒、誰をしてか喫せしむ」。泉云く、「王老師に什麼の過か有る」。州礼拝す。宗師家は等閑に他の受用の処を見ず。纔かに当機拈弄の処に到れば、自然に活鱍鱍地なり。五祖先師常に説く、「馬前の相撲の如くに相似たり」と。爾但だ常に見聞声色をして一時に坐断せしめ、把得して定まり主と作り得ば、始めて他の百丈を見ん。且く道へ、放過する時作麼生。看取せよ、雪竇頌出して云く。
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『碧巌録』第二十六則機に臨んで眼を具し、危亡を顧みず。所以に道ふ、「虎穴に入らずんば、争でか虎子を得ん」と。百丈は尋常虎の翅を挿むが如くに相似たり。這の僧も也た死生を避けず、敢へて虎鬚を捋でて便ち問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。這の僧も也た眼を具す。百丈便ち他の与に担荷して云く、「独坐大雄峰」。其の僧便ち礼拝す。衲僧家は須らく是れ未だ問はざる已前の意を別って始めて得べし。這の僧の礼拝は、尋常と同じからず。也た須らく是れ眼を具して始めて得べし。平生の心胆をして人に向かって傾けしむること莫れ、相識るも還た相識らざるが如し。只だ這の僧問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。百丈云く、「独坐大雄峰」。僧礼拝す。丈便ち打つ。看よ他の放ち去れば則ち一時に倶に是、収め来たれば則ち蹤を掃ひ跡を滅するを。且く道へ、他の便ち礼拝する意旨如何。若し是れ好しと道はば、甚に因ってか百丈便ち他を打つ、什麼をか作す。若し是れ不好と道はば、他の礼拝に什麼の不得の処か有る。這裏に到って須らく是れ休咎を識り緇素を別って、千峰の頂上に向かって立って始めて得べし。
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『碧巌録』第二則這の僧出で来る、也た妨げず奇特なることを。趙州の空処を捉へて、便ち去いて他を拶す、「既に明白裏に在らずんば、箇の什麼をか護惜せん」。趙州更に棒を行ぜず喝を行ぜず、只だ道ふ、「我も亦た知らず」。若し是れ這の老漢にあらずんば、他に拶著せられて、往往に前を忘れ後を失せん。頼に是れ這の老漢、転身自在の処有り、所以に此の如く他に答ふ。如今の禅和子、問著すれば也た道ふ、「我も亦た知らず、不会」と。争奈せん途を同じうして轍を同じうせざることを。這の僧奇特の処有り、方に始めて問ふことを会す、「和尚既に知らずんば、什麼と為てか却つて明白裏に在らずと道ふ」。更に好き一拶なり。若し是れ別人ならば、往往に分疏不下ならん。趙州は是れ作家、只だ他に向つて道ふ、「事を問ふことは即ち得たり。礼拝し了つて退け」。這の僧依旧として這の老漢を奈何ともすること無く、只だ気を飲み声を呑むことを得たり。此れは是れ大手の宗師、爾と玄を論じ妙を論じ、機を論じ境を論ぜず、一向に本分の事を以て人を接す。所以に道ふ、「相罵らば爾が嘴を接ぐに饒し、相唾せば爾が水を潑ぐに饒す」。殊に知らず、這の老漢、平生棒喝を以て人を接せず、只だ平常の言語を以てすることを。只だ是れ天下の人奈何ともせず。蓋し他の平生許多の計較無きが為に、所以に横拈倒用、逆行順行、大自在を得たり。如今の人理会し得ず、只管に道ふ、「趙州答話せず、人の為に説かず」と。殊に知らず、当面に蹉過することを。
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『碧巌録』第五十三則看よ他の馬大師、百丈と行く次、野鴨子の飛び過ぐるを見る。大師豈に是れ野鴨子なることを知らざらんや。什麼としてか却つて恁麼に問ふ。且く道へ、他の意、什麼の処にか落在す。百丈只管に他の後に随つて走る。馬祖遂に他の鼻孔を扭る。丈、忍痛の声を作す。馬祖云く、「何ぞ曽て飛び去らん」。百丈便ち省す。而今有る底は錯会して、纔かに問著すれば便ち忍痛の声を作す。且喜すらくは跳不出なることを。宗師家、人の為にするには須らく教へて徹せしむべし。他の会せざるを見ては、鋒を傷つけ手を犯すことを免れず、只だ他をして此の事を明らめしめんことを要す。所以に道ふ、「会すれば則ち途中に受用し、会せざれば則ち世諦流布す」と。馬祖当時若し扭住せずんば、只だ世諦流布と成らん。也た須らく是れ境に逢ひ縁に遇うて、宛転として自己に帰せしむべし。十二時中、空欠の処無き、之を性地明白と謂ふ。若し只だ草に依り木に附き、箇の驢前馬後を認めば、何の用処か有らん。看よ他の馬祖・百丈の恁麼に用ふるを。昭昭霊霊に似たりと雖も、却つて昭昭霊霊の処に住在せず。百丈忍痛の声を作す。若し恁麼に見去らば、遍界蔵さず、頭頭成現す。所以に道ふ、「一処透れば千処万処一時に透る」と。
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