碧巌録 / 第二十二則
爾若平展一任平展。爾若打破一任打破。雪峯與巖頭欽山同行。凡三到投子九上洞山。後參德山。方打破漆桶。一日率巖頭訪欽山。至鰲山店上阻雪。巖頭每日只是打睡。雪峯一向坐禪。巖頭喝云。噇眠去。每日床上。恰似七村裏土地相似。他時後日。魔魅人家男女去在。峯自點胸云。某甲這裏未穩在。不敢自瞞。頭云。我將謂爾已後。向孤峯頂上。盤結草庵。播揚大教。猶作這箇語話。峯云。某甲實未穩在。頭云。爾若實如此。據爾見處。一一通來。是處我與爾證明。不是處與爾剗却。
新字:爾若平展一任平展。爾若打破一任打破。雪峯与巖頭欽山同行。凡三到投子九上洞山。後参徳山。方打破漆桶。一日率巖頭訪欽山。至鰲山店上阻雪。巖頭毎日只是打睡。雪峯一向坐禅。巖頭喝云。噇眠去。毎日床上。恰似七村裏土地相似。他時後日。魔魅人家男女去在。峯自点胸云。某甲這裏未穏在。不敢自瞞。頭云。我将謂爾已後。向孤峯頂上。盤結草庵。播揚大教。猶作這箇語話。峯云。某甲実未穏在。頭云。爾若実如此。拠爾見処。一一通来。是処我与爾証明。不是処与爾剗却。
書き下し
爾若し平展せば一任に平展し、爾若し打破せば一任に打破す。雪峰は巌頭・欽山と同行し、凡そ三たび投子に到り、九たび洞山に上る。後に徳山に参じて、方に漆桶を打破す。一日、巌頭を率ゐて欽山を訪ひ、鰲山の店上に至って雪に阻まる。巌頭は毎日只だ是れ打睡し、雪峰は一向に坐禅す。巌頭喝して云く、「噇眠し去れ。毎日床上にて、恰も七村裏の土地に似て相似たり。他時後日、人家の男女を魔魅し去らん」。峰自ら胸を点じて云く、「某甲這裏未だ穏やかならず。敢へて自ら瞞かず」。頭云く、「我将に謂へり、爾已後、孤峰頂上に向かって草庵を盤結し、大教を播揚せんと。猶ほ這箇の語話を作すや」。峰云く、「某甲実に未だ穏やかならず」。頭云く、「爾若し実に此の如くならば、爾が見処に拠って一一通じ来たれ。是なる処は我爾が与に証明し、不是なる処は爾が与に剗却せん」。
現代語訳
お前が平らに広げようとするなら、思うままに広げさせ、打ち破ろうとするなら、思うままに打ち破らせる。雪峰は巌頭・欽山と連れ立って行脚し、三度投子のもとに至り、九度洞山に登った。のちに徳山に参じて、ようやく真っ黒な漆の桶を打ち破った。ある日、巌頭を連れて欽山を訪ねる途中、鰲山の宿屋で雪に足止めされた。巌頭は毎日ただ寝てばかりおり、雪峰はひたすら坐禅していた。巌頭は一喝して言った。「眠ってしまえ。毎日床の上に坐って、まるで村々の土地神の像のようだ。いずれ後日、世間の男女をたぶらかすことになるぞ」。雪峰は自分の胸を指して言った。「わたしはここがまだ落ち着いていないのです。自分を欺くことはできません」。巌頭は言った。「わしはお前がいずれ孤峰の頂に草庵を結び、大いなる教えを広めると思っていたのに、まだそんなことを言っているのか」。雪峰は言った。「わたしは本当にまだ落ち着いていないのです」。巌頭は言った。「本当にそうなら、お前の見たところを一つ一つ話してみよ。正しいところはわしが証明してやり、正しくないところは削り取ってやろう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第二十二則峰遂に挙す、塩官の上堂して色空の義を挙するを見て、箇の入処を得たりと。頭云く、「此より去ること三十年、切に忌む挙著することを」。峰又挙す、洞山の過水の頌を見て、箇の入処を得たりと。頭云く、「若し与麼ならば、自救不了ならん」。「後に徳山に到って問ふ、従上宗乗中の事、学人還た分有りや也た無しやと。山一棒を打して、什麼とか道ふと。我当時桶底の脱するが如くに相似たり」。頭遂に喝して云く、「爾道ふを聞かずや、門より入る者は是れ家珍にあらずと」。峰云く、「他後如何にせば即ち是ならん」。頭云く、「他日若し大教を播揚せんと欲せば、一一自己の胸襟より流出し将ち来たって、我が与に天を蓋ひ地を蓋ひ去れ」。峰言下に於て大悟し、便ち礼拝し、起き来たって連声に叫んで云く、「今日始めて是れ鰲山成道。今日始めて是れ鰲山成道」。
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『碧巌録』第五則雪峰衆に示して云く、「尽大地撮み来れば粟米粒の大いさの如し」。古人物に接し生を利するに、奇特の処有り、只だ是れ妨げず辛勤なることを。三たび投子に上り、九たび洞山に到る。漆桶木杓を置いて、到る処に飯頭と作る。也た只だ此の事を透脱せんが為なり。洞山に及至つて飯頭と作る。一日洞山雪峰に問ふ、「什麼をか作す」。峰云く、「米を淘ぐ」。山云く、「沙を淘いで米を去るか、米を淘いで沙を去るか」。峰云く、「沙米一斉に去る」。山云く、「大衆箇の什麼をか喫せん」。峰便ち盆を覆す。山云く、「子が縁は徳山に在り」。指して之に見えしむ。纔かに到つて便ち問ふ、「従上宗乗中の事、学人還た分有りや也た無や」。徳山打つこと一棒して云く、「什麼をか道ふ」。此に因つて省有り。後に鰲山に在つて雪に阻まれ、巌頭に謂つて云く、「我当時徳山の棒下に在つて、桶底の脱するが如くに相似たり」。巌頭喝して云く、「爾道ふことを見ずや、門より入る者は是れ家珍にあらず。須らく是れ自己の胸中より流出して、蓋天蓋地すべし、方に少分の相応有らん」。雪峰忽然として大悟し、礼拝して云く、「師兄、今日始めて是れ鰲山に成道す」。
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『碧巌録』第五十一則雪峰、嶺南に帰りて庵に住す。這の僧も亦た是れ久参底の人なり。雪峰、来たるを見て、手を以て庵門を托し、身を放ちて出でて云く、「是れ什麼ぞ」と。如今有る底は、恁麼に問著せられて、便ち他の語下に去いて咬嚼す。這の僧も亦た怪し、也た只だ他に向かつて「是れ什麼ぞ」と道ふ。峰、低頭して庵に帰る。往往に喚んで無語の会を作し去る。這の僧便ち摸索不著なり。有る底は道ふ、「雪峰、這の僧に一問せられて、直に無語にして庵に帰ることを得たり」と。殊に知らず、雪峰の意に毒害の処有ることを。雪峰便宜を得たりと雖も、争奈せん身を蔵して影を露はすことを。這の僧、後に雪峰を辞し、此の公案を持して、巌頭をして判ぜしむ。既に彼に到るや、巌頭問ふ、「什麼の処よりか来たる」。僧云く、「嶺南より来たる」。頭云く、「曽て雪峰に到るや」。若し雪峰を見んと要せば、只だ此の一問、也た好し急に眼を著けて看よ。僧云く、「曽て到る」。頭云く、「何の言句か有る」。此の語も亦た空しく過ぎず。這の僧暁らず、只管に他の語脈を逐うて転ず。頭云く、「他、什麼とか道ふ」。僧云く、「他、低頭し無語にして庵に帰る」。這の僧殊に知らず、巌頭草鞋を著けて、他の肚皮裏に在つて行くこと幾回ぞ。巌頭云く、「噫、我当初、悔ゆらくは他に末後の句を道はざりしことを。若し他に道はば、天下の人、雪老を奈何ともせじ」。巌頭も也た是れ強を扶けて弱を扶けず。這の僧依旧として黒漫漫地にして、緇素を分かたず、一肚皮の疑ひを懐いて、真箇に「雪峰会せず」と道ふ。夏末に至り、再び前話を挙して巌頭に請益す。頭云く、「何ぞ早く問はざる」。這の老漢、計較生ぜり。僧云く、「未だ敢へて容易にせず」。頭云く、「雪峰は我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず。末後の句を識らんと要せば、只だ這れ是なり」。巌頭太殺だ眉毛を惜しまず。諸人畢竟作麼生か会せん。
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『碧巌録』第五十一則大凡そ宗教を扶竪せんには、須らく是れ箇の当機を弁じ、進退是非を知り、殺活擒縦を明らむべし。若し忽ち眼目迷黎麻羅ならば、到る処問に逢うては便ち問ひ、答に逢うては便ち答へ、殊に知らず、鼻孔の別人の手裏に在ることを。只だ雪峰・巌頭の如きは、同じく徳山に参ず。此の僧、雪峰に参じて、見解只だ恁麼の処に到る。巌頭に見ゆるに及んでも、亦た曽て一事を成し得ず。虚しく他の二老宿を煩はして、一問一答、一擒一縦せしむ。直に如今に至るまで、天下の人、節角誵訛を成して、分疎し下らず。且く道へ、節角誵訛、什麼の処にか在る。雪峰は諸方を遍歴すと雖も、末後、鰲山店に於て、巌頭因つて之を激し、方に勦絶大徹することを得たり。巌頭、後に沙汰に値ひ、湖辺に於て渡子と作る。両岸に各おの一板を懸く。人有り過ぎて板を敲くこと一下すれば、頭云く、「爾、那辺に過ぐるか」と。遂に蘆葦の間より棹を舞はして出づ。
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『碧巌録』第二十二則後に閩中に回って象骨山に住す。自ら貽りて頌を作って云く、「人生倏忽として暫く須臾、浮世那ぞ能く久しく居することを得ん。嶺を出でて纔かに三十二に登り、閩に入って早く是れ四旬余。他の非は用ひず頻頻に挙することを、已が過は応に須らく旋旋に除くべし。奉報す満朝朱紫の貴、閻王は金魚を佩ぶるを怕れず」。凡そ上堂して衆に示して云く、一一天を蓋ひ地を蓋ひ、更に玄を説き妙を説かず、亦心を説き性を説かず。突然として独露し、大火聚の如し、之に近づけば則ち面門を燎却す。太阿の剣に似たり、之を擬すれば則ち喪身失命す。若也佇思停機せば、則ち干渉没し。
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『碧巌録』第五十一則雪峰、徳山の会下に在つて飯頭と作る。一日、斎晩し。徳山、托鉢して下りて法堂に至る。峰云く、「鐘未だ鳴らず鼓未だ響かず、這の老漢、托鉢して什麼の処に向かつてか去る」。山、無語にして低頭して方丈に帰る。雪峰、巌頭に挙似す。頭云く、「大小の徳山、末後の句を会せず」。山聞いて、侍者をして喚んで方丈に至らしめて問うて云く、「汝、老僧を肯はざるか」。頭、密かに其の語を啓す。山、来日に至つて上堂するに、尋常と同じからず。頭、僧堂の前に於て、掌を撫つて大笑して云く、「且喜すらくは老漢、末後の句を会せることを。他後、天下の人、他を奈何ともせじ。是の如くなりと雖も、只だ三年を得るのみ」。此の公案の中、雪峰の徳山の無語を見るが如きは、将に謂へり便宜を得たりと。殊に知らず、賊に著けられ了れることを。蓋し他曽て賊に著けられ来たるが為に、後来亦た賊と做ることを解す。所以に古人道ふ、「末後の一句、始めて牢関に到る」と。有る者は道ふ、「巌頭、雪峰に勝れり」と。則ち錯会し了れり。巌頭常に此の機を用ひて衆に示して云く、「明眼の漢は窠臼没し。物を却くるを上と為し、物を逐ふを下と為す」と。這の末後の句は、設使ひ親しく祖師を見来たるも、也た理会し得ず。
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