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碧巌録 / 第二十二則

峯遂舉見鹽官上堂舉色空義。得箇入處。頭云。此去三十年。切忌舉著。峯又舉。見洞山過水頌。得箇入處。頭云。若與麼自救不了。後到德山。問從上宗乘中事。學人還有分也無。山打一棒。道什麼。我當時如桶底脫相似。頭遂喝云。爾不聞道。從門入者。不是家珍。峯云。他後如何即是。頭云。他日若欲播揚大教。一一從自己胸襟流出將來。與我蓋天蓋地去。峯於言下大悟。便禮拜。起來連聲叫云。今日始是鰲山成道。今日始是鰲山成道。

新字:峯遂舉見塩官上堂舉色空義。得箇入処。頭云。此去三十年。切忌舉著。峯又舉。見洞山過水頌。得箇入処。頭云。若与麼自救不了。後到徳山。問従上宗乗中事。学人還有分也無。山打一棒。道什麼。我当時如桶底脱相似。頭遂喝云。爾不聞道。従門入者。不是家珍。峯云。他後如何即是。頭云。他日若欲播揚大教。一一従自己胸襟流出将来。与我蓋天蓋地去。峯於言下大悟。便礼拝。起来連声叫云。今日始是鰲山成道。今日始是鰲山成道。

書き下し

峰遂に挙す、塩官の上堂して色空の義を挙するを見て、箇の入処を得たりと。頭云く、「此より去ること三十年、切に忌む挙著することを」。峰又挙す、洞山の過水の頌を見て、箇の入処を得たりと。頭云く、「若し与麼ならば、自救不了ならん」。「後に徳山に到って問ふ、従上宗乗中の事、学人還た分有りや也た無しやと。山一棒を打して、什麼とか道ふと。我当時桶底の脱するが如くに相似たり」。頭遂に喝して云く、「爾道ふを聞かずや、門より入る者は是れ家珍にあらずと」。峰云く、「他後如何にせば即ち是ならん」。頭云く、「他日若し大教を播揚せんと欲せば、一一自己の胸襟より流出し将ち来たって、我が与に天を蓋ひ地を蓋ひ去れ」。峰言下に於て大悟し、便ち礼拝し、起き来たって連声に叫んで云く、「今日始めて是れ鰲山成道。今日始めて是れ鰲山成道」。

現代語訳

雪峰はそこで語った。塩官が説法の座で色と空の義を説くのを聞いて、入り口を得たと。巌頭は言った。「今後三十年は、決してそれを口にするな」。雪峰はまた語った。洞山が川を渡って影を見たときの頌を見て、入り口を得たと。巌頭は言った。「そんなことでは、自分を救うことさえできまい」。雪峰は言った。「のちに徳山のもとへ行き、『昔から伝わる宗門の事に、わたしもあずかれますか』と問うと、徳山は一棒を食らわせて『何を言うか』と言いました。わたしはそのとき、桶の底が抜けたような心地がしました」。巌頭はそこで一喝して言った。「お前は聞いたことがないのか。門から入ってきたものは家の宝ではない、と」。雪峰は言った。「これからどうすればよいのでしょう」。巌頭は言った。「いつか大いなる教えを広めようと思うなら、一つ一つを自分の胸の内から流れ出させて、わしのために天を覆い地を覆ってみせよ」。雪峰はその言葉のもとで大いに悟り、礼拝して、立ち上がると続けざまに叫んだ。「今日はじめて鰲山で道を成就した。今日はじめて鰲山で道を成就した」。

解説

圜悟の評唱の続きで、雪峰の鰲山成道の核心である。雪峰は塩官や洞山の言葉、徳山の一棒で得た手応えを次々に語るが、巌頭はすべて退ける。決め手は「門より入る者は家珍にあらず」の一句であった。外から入ってきた知識や他人の体験は、どれほど尊くても自分の宝ではない。自分の胸の内から流れ出るものだけが天地を覆う力を持つと言われ、雪峰は大悟した。長年の努力が、この一言で自分のものに変わったのである。研修や読書で得た知識も、自分の経験と言葉で語り直せたとき、はじめて本当の力になるのである。

この章句が説くこと

家珍胸襟大悟悟り自得巌頭

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